ボレロ - 第二楽章 -
「おはようございます。まだ眠そうね」
「眠いよ。いつもならまだ寝てる時刻だ」
「目的地まで少し時間がかかるから、シートを倒して睡眠の続きをどうぞ」
「そんな都合よく眠れないよ。それに運転している君に悪い」
まぁ嬉しいわと、珠貴は心からそう思っているようで、にこやかに微笑み
ながら車を発進させた。
渋滞前の首都高を抜け中央道に入る。
途中で高速を下り、一般道に入り込んだ。
周囲の風景は住宅地から田園風景になり、いつのまにか木立の生い茂る森林へ
と変わっていた。
「都内にもこんなところがあるんだな」
「涼しいのよ。窓を開けてみて」
言われたようにウィンドウを下ろすと確かに風は涼しかったが、けたたましい
蝉の鳴き声の洗礼を受けることになった。
私には騒音にしか聞こえない声に顔をしかめると、よほど嫌な思い出がある
みたいねと、前を向いたままの珠貴の声がした。
彼女の聞き方はさりげなく、どんな思い出なのか問われたわけではなかったが、
そのさりげなさが私の気持ちを楽にした。
「長い婚約にケリをつけたのが夏だった。蝉がうるさいくらいに鳴いていた」
「そうだったの……彼女のお相手の方、ご存知みたいだったけど」
いきなり踏み込んだ問いかけになり、つくろう隙がなかったこともあるが、
珠貴には話しておくべきだと思った。
「彼は三宅の家に長く勤める人だ。今は養子になっているはずだけどね」
「そういうことだったの……宗にとっては辛い現実だったわね」
短い会話の中で珠貴はすべてを悟ったようだ。
すべてを悟りながら、私に余計なことを言わせないようにと言葉を選んだ
返事がある。
珠貴の言葉には、私を癒しへと導く効果があるようだ。
「彼はより長い時間彼女のそばにいた。
俺との時間とは比べものにならないくらいにね」
「だから黙って受け入れた……静夏ちゃんが言っていたのは、
このことだったのね」
「静夏が? なんて」
「理美さんを守るように、宗がすべての責任を背負った……
悔しかったけれど、宗が決めたことだから見守るしかなかったって」
「あいつは俺の様子を見て納得いかなかったらしい。
なにか隠してるんでしょうって、何度も問い詰められた。
静夏にだけは話をした。いまでも、あんなことを許して、
宗はバカだと言われてるよ」
「静夏ちゃんらしいわね。ふふっ、お兄様としては頭が上がらないはずよね」
珠貴は笑いを漏らし話の深刻さを打ち消した。
つられて笑ったせいか、今までのしんみりした思いが薄らいでいく。
「俺もお人よしだと思った。だが相手方の言い分を黙ってのむことで、
今後優位に立てるとも思った。
これをネタにゆする事もできるじゃないか」
「ウソばっかり。宗にはそんなことできません」
「はは……さぁ、どうだか」
双方の両親には口をつぐんだが、祖父である三宅会長には話を聞いて
もらった。
なにより私と理美の婚約を取り決めた当事者でもあり、理美と小林君の思いを
通すためにも協力者が必要だった。