ボレロ - 第二楽章 -

8. altra volta アルトラ・ヴォルタ (もう一度)



画面の中の彼は、私が見たこともない顔をしていた。

危機的立場におかれ、そこで見せた懸命な姿は彼女を守ることに注がれて

いた。

そのとき、彼の頭の中には私の存在などなかったに違いない。

それは偶然の出来事だった。

リアルタイムで目にした事件は、私にとって受け入れがたい現実だった。

この一件が、その後の私たちの運命を左右する出来事につながっていく

なんて……





宝飾部門で立ち上げたブランドのひとつがヒット商品となり、情報番組で取り

上げられることになった。

デザイナーが取材を受けたこともあり、昼の放送時間帯に合わせスタッフが

顔をそろえ画面に見入っていた。

番組が中盤に差し掛かる頃特集が始まり、こちらが思った以上の好感の持てる

番組構成で、チーフ格のデザイナーのインタビューが流れると一斉に歓声が

上がり興奮状態に包まれた。

私の横で画面を見入っていた蒔絵さんも満足した様子で、憶測で発言しない

彼女の口から来年春の新作に希望が持てますねと、積極的な発言も聞こえて

きた。


安価な商品があふれる時代に、本物の良さを求めてクオリティーを保った

戦略は間違いではなかったと、私も事業の見通しに手応えを感じていた。

宗が海外出張のたびに、君の仕事の役に立つだろうと海外の新ブランドを

贈ってくれたことも、今回のヒットの一因になっているはず。

耳元に手をおき彼から贈られたイヤリングに触れると、ふいに宗のささやきが

聞こえたような気がした。 


「イヤリングをはずす指先を見ていると、その先の時間を考えたくなるね」



親密な時間を持つ前の甘さを含む会話は、それだけで体の熱を上昇させる。

夜ならともかく、昼のそれも人気の多い場所で、一瞬でも体の疼きに身を

よじる思いに駆られたことで、私は例えようのない恥じらいを覚え、意識を

戻そうと意味のない咳払いを何度か試みた。


視線を戻した画面では、社内における宝飾部門の果たす役割を解説している

場面になっていた。

新しい風を取り入れながら 『SUDO』 の形を確立していく。

今回のヒット商品も、安易に流行に流されず品質に見合った価格を設定した

物だった。

他の人と少し差のつくグレードの高い物を持ちたいという女性心理が作用し、 

それが今回のヒットにつながったのでしょうと番組リポーターは締めくくった。


努力が結果に結びつけばスタッフの意欲も増してくる。

いい雰囲気の中、午後の仕事へと移ろうとしたときだった。

緊急ニュースが飛び込んだのか画面が急遽切り替わり、都内のビルの

一角が映し出された。

異臭騒ぎがあった模様ですと、現場リポーターのやや高い声が響き渡る。

腰を浮かせかけたスタッフもまた座り込み、全員が注目する画面に見知った

姿が映し出され、私は息が止まるほど驚いた。

ビルから出てきたのは宗で、口元にハンカチをあて足取りの重い女性を抱き

かかえていた。



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