ボレロ - 第二楽章 -


「15時から記者会見があるそうです」


「記者会見って、まさか彼が?」



私の問いかけに蒔絵さんが無言で頷く。

警察や病院関係者に混じり、事件に遭遇した人物として宗が記者会見に臨むと

いう情報が平岡さんからもたらされた。

さっきの事件、何かわかったみたいですよと、室内のスタッフにテレビ画面を

映し出す理由を告げながら、蒔絵さんは報道番組にチャンネルを合わせた。

居並ぶ関係者が映し出され宗の姿を確認すると、音が聞こえるのではないかと

思えるほど私の胸は大きく跳ねた。

こうして会見場に姿を見せるということは、少なくとも今の彼の健康状態に

問題はないということ。

想像していたよりずっと元気そうな顔が見えて、ひとまずの心配は消えて

いった。


まず現在確認している事柄から申し上げますと、制服姿の男性の第一声から

記者会見は始まった。

異臭騒ぎの事件現場となったのはビルの一階に店を構えるレストランで、

店内には数十名の客がおり、そのほとんどが刺激の強い異臭を体験していた。

特に女性用化粧室付近にいた客に症状の重い者が多く、化粧室に原因物質が

置かれたようだと制服の男性は無表情のまま事実を伝えていく。


続いて話し出したのは、多くの患者が運び込まれた病院の医師で、顔つきと

声から若い医師であると見受けられたが、画面テロップには副院長の肩書きが

あった。

若さに見合わぬ落ち着いた話し振りで異臭が引き起こす症状が語られ、当初

予測された危険なものではなく、刺激の強い臭いではあるが健康に及ぼす

心配は少ないとの説明だった。

ただし異臭の発生源近くで吸い込んだ数人については、強い刺激を受けたため

経過を見ながら引き続き治療をおこなっていくと締めくくった。


事件現場にいた客の一人として宗の話が始まった。

それまでの二人の話しぶりに劣ることはなく、時間の経過を追いながら

その場にいた者だけが知る現場の状況が語られていく。

私情や憶測を挟まず物事を的確に話すことなど、宗の立場であれば難なく

こなせることだろう。

一緒に画面を見ていたスタッフが 

「この人何者ですか。一般人じゃないですね」 と

彼の話し振りに感心した様子で、まわりも同じようなことを口々に述べている。


私の肘をツンと押したのは蒔絵さんだった。

上目遣いに私を見て、嬉しそうな顔を見せてくれた。

宗の堂々とした姿は私にとっても誇らしく、先ほどまでの靄がかかった思いが

晴れていく。



「鋼鉄の微笑を浮かべながら相手の動きを読み取り、

動きを封じ込めていくんですよ。

こちらの思い通りに事が運んでいくのをそばで見ているだけで、

ゾクッとするほどの快感がありますね」



いつだったか、宗の秘書の平岡さんが宗の仕事ぶりを私に話してくれたことが

あった。

近衛宗一郎がもっとも力を発揮するのが駆け引きでしょうねと、平岡さんの

そのときの顔もとても誇らしげに見えたものだった。



「商談が成立しても、決して自分の手柄だと吹聴しないところが

先輩のいいところです。

照れくさいってのもあるんでしょうね、あの人は素直じゃないから」



平岡さんの言うとおり……

褒めても嬉しそうな顔もせず、そんなのどうってことないよと関心のない

振りをする。

会見を見たわ。さすがね、と告げたら、彼はきっとこう言うだろう。

頼まれたから仕方なく引き受けたんだと、さも忌々しそうな顔をしながら……



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