ボレロ - 第二楽章 -
降り注ぐ太陽は容赦なく壁面を焦がし、照り返しの眩しさに目を細めた。
記録的な猛暑の中、外回りの仕事をこなす社員の苦労は並大抵ではない
だろう。
空調の効いた室内で一日を過ごすことに申し訳ない思いがした。
本来なら今日のこの時間は屋外に出向き、新事業のための視察が組まれて
いた。
滴り落ちる汗を拭い、頭上に昇った太陽を恨めしく見ながら、担当者との打ち
合わせの最中だったはずだった。
事件の翌日、私には特別休暇が与えられた。
異臭騒ぎに巻き込まれ、さまざまな対応で身体の疲れもあるだろうから、
ゆっくり休むように……
などという温情の理由ではない。
『今後の対策を検討し、各方面へ迷惑がかからぬよう手を尽くすこと。
わかっているだろうが、充分に身を慎むように』
今しがた受けた社長自らの電話に、わかりました、心配をおかけしましたと、
神妙な返事をしたばかりだ。
ホテルの前で記者らしき連中を見ましたよと、平岡がさらに気の滅入ることを
言ってくれる。
「昨日は、お前が無事で何よりだったと、お袋と一緒に声を湿らせていたのに、
一夜明けたらこれだよ。アイツらのせいでとんだ迷惑だ」
「経済誌や新聞の経済担当の記者に追いかけられるのとは
わけが違いますからね。
それにしても、くくっ……まさかワイドショーの話題になるなんて、
我が社始まって以来の事だそうですよ」
気の毒がった顔をしながら、どこか面白そうにしている平岡の頭上に拳を振り
下ろした。
痛いじゃないですかと大げさに顔をしかめていたが、余計なことを言って
しまったと反省したのか、大きな咳払いをすると、これからの予定ですがと
話を切り出してきた。
「狩野先輩の指示通り、こちらへは僕が出向きます。
ホテルの玄関は他の宿泊客の迷惑になるので、
従業員専用玄関を使わせてもらうことになりました。
ホテル内の移動も内部を通ってもらうことになります」
狩野はかくまうことには慣れているから任せておけと言ってくれたが、
私の身を案じて友人として引き受けてくれたはずだ。
ホテルとしては厄介ごとは避ける方がいいに決まっている。
できるだけホテル側に迷惑をかけたくなかった。
「それは聞いている。会社ではどうする、やっぱり裏から?」
「いえ、それは今までどおり、
変わりなく振舞ったほうがいいだろうと言うことでした。
出社時刻と退社時刻には姿を見せて、社外へ出向く場合も
予定外の行動は避けるようにと」
「それも社長命令か」
「いえ、これは潤一郎さんから」
「潤が?」
「隠れたり内密にするより、姿を見せたほうが効果的だそうですよ。
いつもと変わらぬ同じ行動は相手の気を油断させるからと、
ほかにも電話の対応にも助言をもらいました。
マスコミだからと過敏にならず、常に同じ姿勢で対応すること。
過敏になればなるほど相手につけこまれ、痛くもない腹を探られるんだとか。
仕事柄とはいえさすがですね。話を聞きながらいちいち頷きました」
「あたりまえだ。それがアイツの仕事だからな。そうか帰ってきたのか……」
「昨日の夜遅くの帰国だったと聞いてます。社長が相談されたようです」