ボレロ - 第二楽章 -


弟の潤一郎は 「外務省国際情報局 第五国際情報室」 に所属する

情報担当官で、いわゆる諜報機関に身をおいている。

国内外に溢れる情報を察知し、水面下で物事を進め解決へと導くのが弟の

仕事だ。

危機的状況に直面した際の対応については、プロ中のプロである。

海外へ赴くことも多いが、潤一郎の出張日程は明らかではなく、妻の紫子で

さえ完全には把握していない。

その弟が帰国していたとは、実に心強いことだった。



「親父も誰に相談していいのかわからなかったんだろう。

潤なら相談相手には最適だ。

言われてみればもっともなことばかりだが、

帰国早々、潤も驚いたんじゃないか?」


「でしょうね」



民放のワイドショー枠で流された記者会見の様子は、事件そのものを伝える

だけでなく会見席にいた沢渡医師と私の身分まで伝えた。

副院長と副社長の肩書きを持つ二人の男は、ともに独身であることが番組に

出演していた女性陣の気を引いたようだ……とは平岡の説明だった。

 

「”素敵な方々ですね” くらいはわかるとして、 

”財力も地位もある男性って、それだけで魅力的だわ” って

好奇心むき出しのコメントには眉をひそめましたね」


「金や力をもった男なんて、世の中にはいて捨てるほどいるぞ。

なんで俺なんだよ」


「仕方ないじゃないですか、あれだけ目立ったんですから。 

沢渡医師の方も、同じような目にあっているらしいですよ」


「だろうね……浜尾君はどうだ。

沢渡先生の話では2・3日の入院ですみそうだってことだったが」


「今朝彼女のお母さんから連絡がありました。体は回復しているそうです。 

ただ、このとおりの騒動になりましたから、浜尾さんも動くに動けないですね。 

しばらく病院にいられるように頼んではいるんですが」


「あっちはあっちで大変だな」

 

現場の一報が伝えられたおり、浜尾君を抱きかかえ、気を失った彼女の名前を

呼び続けた画面が映しだされたことから、ワイドショーの格好の餌食になった。

まさかこんなことになるとは……


化粧室近くでしゃがみこむ彼女を見つけ抱えたとき、苦しそうな顔が吐き出す

息は浅く、命の危険があるかもしれないと身が縮んだ。

外へと連れ出したが腕の中で意識を失った彼女を、なんとしても目を覚まさせ

なければと必死で名前を呼び続けた。

力の抜けた体を抱えながら最悪の事態が頭をかすめ、体がちぎれそうな思いが

した。


彼女は、幼い頃からそばにいるのが当たり前の人だった。

母親が我が家に仕えていることを充分に承知していて、いつかは自分も母親の

ようになるのだと言い聞かされていたのだろう、必ず一歩引いた立場で私たち

兄弟に接していた。

近い存在ではあったが、友人でもなく、もちろん血縁でもない。

幼馴染の言葉が当てはまるのかもしれないが、それも対等の立場ではないこと

から気安い関係ではなかった。

けれど、誰よりも私のことを理解し心配してくれているのはわかっていた。

秘書として私の近くに配属されてからは、より彼女への信頼は増し、時には

煙たい存在ではあるけれど、私にとってなくてはならない人、それが

浜尾真琴という女性だった。





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