ボレロ - 第二楽章 -
それからの数日間は、今まで体験したことのない経験の連続だった。
朝と夜ホテルの通用口でリポーター連中の声に迎えられ、一日が始まり一日が
終わる。
社内への電話の取次ぎは、万事平岡が押さえてくれたこともあって仕事に
支障はなかったが、社外へ出向くと、私の乗った車の後ろから見覚えのない
車が常に2・3台がついてきた。
意外にもという言い方は変かもしれないが、相手方に迷惑をかけるような
場面で質問を浴びせられることはなかった。
けれど、一瞬でも隙をみせると待ち構えていたように声が飛んでくる。
「真琴さんという女性は、近衛副社長の秘書だそうですね。
上司と部下以上の関係なんですか。
本当のところを聞かせてください」
「近衛さんは、以前婚約解消されていますね。
原因はあなたの女性関係だといわれていますが……」
「浜尾さんとは、何か約束をされているんですか?」
いい加減にしろ、と言い返したいのをぐっとこらえ、彼らを睨みつけることで
怒りを抑えていた。
とにかくダンマリでいけよ、口を開いたら負けだと思っておけと、潤一郎が
しつこいほど念を押して忠告してくれたのを忠実に守っていた。
ワイドショーや週刊誌の取材は、それこそ執拗に続いていたが、私が口を開か
ないため彼らは憶測で記事を構成するしかなく、見たことも聞いたこともない
”近衛氏の友人” が登場して過去を語ってくれているそうですと、平岡も憤慨
していた。
浜尾君の病院にも取材陣が押しかけているが、病院側のガードが厳しく取材は
シャットアウトされていた。
私と同じように、浜尾君の友人を名乗る怪しげな人物の ”真琴はじっと彼を
待っているんです” といかにもなコメントが週刊誌の誌上に躍っていた。
私を含め周囲の者が口をつぐんだ結果……
『近衛宗一郎の婚約解消の裏には、秘書の女性の存在があった。
二人は、もう何年も前から親密な関係で、結婚も視野に入れていると思われる』
これが、マスコミが作り上げた構図だった。
「よくも辻褄を合わせたもんですね」
「感心している場合か!」
「蒔絵が言ってました。これで、珠貴さんに関心は向かないんじゃないかって。
僕もカモフラージュになると思いますけどね」
「蒔絵さんが?」
「えぇ、こんなに騒がれて、珠貴さんに取材の目が向かないか心配だって
言ってましたから」
「……それも、そうだな……」
平岡に言われるまで、珠貴のことなど思いもよらなかった。
騒がしい身辺に対し、苛立ちなど微塵も見せないようにと自己の感情を制御
することが精一杯で、マスコミに追いかけられるようになってから私に自由な
時間などなく、珠貴にも会っていない。
彼女にマスコミの関心が向くかもしれないなど、思いつきもしなかったの
だった。