ボレロ - 第二楽章 -
このときの私は、浜尾君の方が気がかりだった。
浜尾君もこの騒動は耳にしているだろう。
事件の被害者であり、一時的に健康を害し静養が必要な体であるのに、
危機的状況にあったとはいえ、私の言動で思いもかけない騒ぎとなったのだ。
浜尾君の精神的苦痛を思うと胸が痛んだ。
心に隙ができていたのだろうか、それとも毎日続く緊張に神経が疲れていた
のか。
今まで難なくかわしてきたリポーターの強引な問いかけが、その日は無性に
勘にさわった。
「そろそろ答えてもらえませんか。
近衛さんが黙っていると、我々はこれからも追いかけるしかないんですよ」
「じゃぁ、やめればいいじゃないか」
それまで一言も返事をしたことのない私が口を開いたのだから、よほど驚いた
らしい。
えっ……と一瞬絶句したが、したたかなプロ根性が座った記者らしく、すぐに
次の質問が飛んできた。
「真琴さんを病院に見舞わなくていいんですか。
ちょっと薄情じゃないですか」
「……」
「またダンマリですか。真琴さんも悲しいでしょうね。
見舞いにも来てもらえないなんて、寂しいでしょうに」
「君たちに言われる筋合いはない」
「いや、言わせてもらいます。親しい人があんな目に遭ったんだ。
常識がある人なら、どんなことをしてでも見舞うんじゃないですか?
見舞いにも行かないなんて、薄情ですよ。真琴さんもかわいそうに」
「いい加減なことを言わないでくれ。君たちになにがわかる。
彼女は会社にとって大事な人だ」
記者の目つきが変わった。
はぁ? と怪訝そうな顔で聞き返してきたのだった。
「なんですか? 会社にとってなんて? もう一度言ってもらえませんか」
「大事な人だと言ったんだ!」
今度は良く聞こえましたとニヤリと笑うと、それまでの挑発するような態度を
ガラリと変え、ありがとうございます、と礼まで言って彼は立ち去っていった。
翌日……
私は、人生で最悪の日を迎えることになるのだった。