ボレロ - 第二楽章 -
最近の私の習慣は、朝の情報番組を確認すること。
宗が巻き込まれた事件の詳細を知りたくて、より踏み込んだ情報を伝える
民放にチャンネルを合わせたのがはじまりだった。
異臭事件そのものは犯人の自首で解決へと向かっていたが、視聴者の関心は
記者会見に同席した二人の男性のプライベートへと移っていき、このところは
眉をひそめる話題ばかりが並んでいるのに見ることをやめられずにいる。
事件以来会えなくなっている宗の姿を、テレビ画面で毎日見られるのだが、
同時に知りたくもない真琴さんとの憶測も聞かされる。
今朝にいたっては 『近衛氏、ついに本心を語る』 の見出しで、耳を疑う
宗の発言を耳にした。
『彼女は大事な人です』
彼の声に思わず息をのんだ。
宗の苛立たしげな顔と、同じ言葉が繰り返し画面上に流れリポーターの
興奮した声が響き渡る。
大事な人……の表現は、宗にとってどの程度のものなのか、私には判断
できなくなっていた。
真琴さんが宗にとって大事な人であることは間違いない。
けれど、それは信頼関係によって築かれたものだとそのときまでは思っていた。
テレビの中の人々は 「大事な人」 とは、すなわち 「親愛なる人、恋人」
であると断言してはばからない。
もしかしたら……彼は心の奥で、真琴さんを一人の女性としてとらえているの
かもしれない。
そんな風に思い始めたら、そうとしか思えなくなってきた。
出勤後、私を見つけると走るように駆け寄ってきた蒔絵さんから、
「近衛さんの言葉は編集されたものだそうです。
都合よく切り取って流したものです」 と教えられたが、
いったん心に住みついた疑いは、簡単に晴らすことはできなくなっていた。
『彼女は大事な人です』
宗の声が何度も何度も頭の中を駆け巡り、私はこの先も彼を信じていけるの
だろうかと不安が募ってくる。
真琴さんが大事な人なら、私は彼にとってどんな存在なのか、彼の口から
直接聞いてみたいと思いながら、もし期待した返事を得られなかったら
と思うと、聞くことが恐ろしくもあった。
恋愛は苦しさと隣り合わせだと言った人がいたが、このときほどその言葉が
真実だと思ったことはなかった。