ボレロ - 第二楽章 -


羽田さんの動きはいつもと変わることなく優雅で、すべてを心得ているのか、

私たちの前に座る二人にも顔色一つ変えず、ゆったりと料理を並べていく。

まぁ、なんてきれいなの、と少女のように純真な目の女性は嬉しさを素直に

表現すると、今夜はゆっくり食事ができそうだね、と彼女にお似合いの男性が

楽しそうに応じた。

ハーブの香りが食欲をそそるよと、さっそくフォークを手にした宗が私に

食事を促した。

美味しそうねと言いながら、彼にならってフォークを取ったが、言葉とは

裏腹に食が進まない。

そっとため息をついていると、羽田さんが私にだけ聞こえる声でシェフの

伝言を伝えてくれた。



「ハーブは抑えてありますが、香りが強いようでしたら

遠慮なく残してほしいと……」



体調が思わしくないのでと、事前に伝えておいたことへの配慮だった。

心遣いが嬉しかった。



今夜は楽しい顔ぶれになっていた。



「このテーブルを記者連中が見たら、ひっくり返るほど驚くでしょうね」



愉快なことを言い出したのは、かの事件の被害者が大勢運び込まれた病院の

医師で、沢渡克彦ですと自己紹介をしてくださった声はテレビで聞くより柔ら

かい。



「そうでしょうね。いま話題の男性が二人、

噂の女性とは違う相手を伴っているんですもの。 

見たら卒倒するでしょうね。

でも、倒れてる場合じゃないわね。そのまえに記事の差し替えよ。

プロはそれくらいじゃなきゃ。 

明日の見出しは何がいいかしら。ふふっ、考えるだけでもたのしいわ」



ユーモアあふれる相槌をしているのは、沢渡さんのお相手の岡野美那子さん

だった。



「差し替えられたら困ります。彼らに見つからないように、

会員制のレストランを選んだんですから」


「近衛さん、この人の言うことをいちいち真に受けてたら大変ですよ。

突拍子もないことを思いつくんですから、適当に聞き流してください」


「まぁ失礼ね。克ちゃん、アナタ何の権利があって

私の楽しい空想を邪魔するの?」


「美那子さん」


「あっ、克ちゃんはまずかったわね……ごめんなさい」 



美那子さんは口に手を当て、ばつが悪そうに肩をすくめる仕草がとても

可愛らしく見えた。  

やんわりと注意した沢渡さんは恋人の可愛い失言に苦笑していたが 見つめる

目は愛情に満ちている。

小柄で可愛らしい彼女からもらった名刺には 「代表取締役」 の肩書きが

あり、学生のとき起業したのよと、見た目の可憐さからは想像もつかない

経歴の持ち主だった。



< 68 / 287 >

この作品をシェア

pagetop