ボレロ - 第二楽章 -
私の名刺をみて、
「珠貴さんの会社のブランド、好評ですね。特集番組を見ましたよ」
美那子さんは嬉しいことを伝えてくれた。
「そうだ、あのとき事件の速報が入って……
だけど、あの事件のおかげでこうしてご縁ができたのよね。
私ね、今日お二人にお会いできるのを心待ちにしていたんですよ。
近衛さんと電話しているときの彼って、いつも楽しそうだったんですもの」
「私も美那子さんにお会いできるのが楽しみでしたよ。
沢渡さんからいろいろ聞いていましたからね」
「まぁ、いろいろって何かしら。きっと褒め言葉じゃないわね」
美那子さんが沢渡さんを軽く睨んだのに、沢渡さんは気づかぬ振りをしている。
「僕も珠貴さんはどんな女性だろうと、ずいぶん想像しました。
彼はあなたのことをなかなか教えてくれなくて、
よほど他の男から隠しておきたいらしい」
「私……ですか?」
いきなり私へ言葉が向けられ、それまで聞き役に徹していた体がびくっと
震えた。
「近衛さんがなぜあなたを選んだのか、わかるなぁ。うん、納得です」
「私も! 噂の女性と近衛さんの組み合わせではないと思ってたもの。
上手く言えないけれどなにか違うのよね」
沢渡さんと美那子さんにそろって見つめられ、私は返事のしようがなく視線を
テーブルに落としてうつむいた。
ちらっと横を見ると、宗のまんざらでもない顔が見える。
照れくさいのか、意味もなく人差し指が頬を行き来したあと、やたら大きな
咳払いをした。
「沢渡さんと、情報を交換し合ってたんだ」
「情報?」
異臭事件から派生した話題は、宗と沢渡さんのプライベートを追いかけるもの
だった。
社会的に地位のある独身男性であったため、視聴者の関心を一気に集める
ことになった。
見る側は無責任に興味の行方を気ままに見ていればいいが、追いかけられる
ほうはたまったものではない。
宗と沢渡さんは記者の情報を教えあうことで、注意が必要な雑誌や記者の
動向など情報交換も頻繁だったと言い、二人の交流は楽しそうだった。
私が苦しい思いで見つめていた裏側で、こんなやり取りがあったなんて……
どうして教えてくれなかったのかと少し恨みがましく思ったり、一方では
ホッとしたり。
二人の苦労話の中にも楽しそうな会話を聞きながら、シャンタンに入る前まで
抱えていた心の重みが少しずつ軽くなっていた。
けれど、運ばれてくる料理を口に運ぶことが次第に苦痛になっていた。
皿に残されたままの料理が、静かに厨房奥へと下げられていくのが申し訳
なくて、私を気遣う羽田さんの顔に、すみませんと心でつぶやきながら小さく
頭を下げた。