ボレロ - 第二楽章 -
沢渡さんと美那子さんは、マンションの隣り合った部屋に住んでいるそうで、
お付き合いは、お隣同士だったからですか? と聞いてみると、
「結果的にはそうだけど……お隣に越してくる人って
誰しも興味があるでしょう?
ご挨拶に来てくださればわかるけど、そんなことなさらない人も多いから、
どんな人かなぁってドアから覗いてたの。
そしたら、彼の顔に見覚えがあって、
よくよく見たら私が家庭教師をしたことのある彼だったの。
友人の代理で一ヶ月ほどだったけど、とっても行儀のいい
男の子だったからよく覚えてて、
懐かしくて ”克ちゃん” って呼んだら、びっくりさせちゃったみたい。
この人ったら、持ってた袋を落としちゃったのよ」
「そりゃぁ驚きますよ。この歳になってちゃん付けで呼ばれたんですから。
彼女の顔を見ても僕のほうはすぐには思い出せなくて。
無理ですよ、女の人って変わりますからね。
じっと見てたら思い出して ”あーっ! 美那子センセイ” って
叫んだのはいいけど、荷物を持ってたのを忘れてて、
おかげでビンテージ物のワインが台無しです」
「ガシャンって音でしょう。あっ、ビンが割れたと思って、一緒に片付けて。
片付けながら、お久しぶりって挨拶をして」
「”いい香りがするわ、廊下に飲ませちゃったわね。
美味しいワインだったんでしょうね” って
彼女、面白いことを言うもんだから、よかったら一緒に飲みませんかと
誘ったんです」
「あの……美那子さんが沢渡さんの家庭教師……ですか?」
「えぇ。私、彼より6歳年上なの」
これには宗も私も驚いた。
お二人の話を聞いていると、少し美那子さんが年上ではないかと思われたが、
まさか6歳も違うなんて……
沢渡さんと美那子さんの間に流れる空気はとても自然で、年齢の差など微塵も
感じられなかった。
お互いの言葉を少しずつ補って、頼りながら頼られて、私たちのように不安定
ではなく、しっかりとした信頼で結ばれている間柄は心からうらやましいと
思った。
こんなことがあったのよと、美那子さんが最近のエピソードを話してくれた。
「私ね ”お隣の沢渡さんの交友関係はどうですか。
女性関係とかご存知ないですか” って取材を受けたのよ。
まさか彼の相手が、こんな年上の私とは思ってもみなかったのね。
”さぁ、どうでしょう。あまり親しくありませんから存じませんっ” て、
白々しい返事をしちゃった。面白かったわぁ」
報道が過熱する中でも二人の関係は誰にも知られることなく、毎日会えたと
語ってくれた。
「だから沢渡さんの電話の奥で、いつも女性の声がしていたのか」
「僕と近衛さんの話を聞きながら、電話のうしろから、ああしたらいい、
こうしたらいいって意見を言うんです。
で、話題の近衛さんに会ってみたい。いつか紹介してねと言われてまして」
「近衛さんのお相手の方にも、ぜひお会いしたかったんですもの。
今日はありがとうございました」
恭しく頭を下げる美那子さんの姿がおかしいと男性二人が笑い出し、
あのときはどうした、どうだったと、話しが続いていた。
おしゃべりは女性だけの特権ではないようだ。
二時間近くの食事の間に交わされた会話のおかげか、宗の顔はスッキリと晴れ
やかになっていた。