ボレロ - 第二楽章 -
「今夜は楽しいお話が聞けました。また一緒に、ぜひ」
「こちらこそ楽しい時間でした。時刻も……そろそろだね。
美那子さん、行きますか」
「そうね。覚悟は決まってるからいつでもいいわよ」
「何が始まるんです?」
「討ち入り……かな。うぅん、違うわね。決戦かしら」
「えぇっ!」
とんでもない言葉が美那子さんから飛び出した。
「この騒ぎを利用させてもらおうと思ってるの」
「幸い、ここのホテルには記者連中が常駐しているみたいだから、
都合がいいと思いまして。
近衛さんに狩野副支配人を紹介してもらったので、
騒ぎがホテル側に及ばないように万事整えてもらっています」
「こちらから彼らに真実をお見せしようって、そう二人で決めたの。
隠すのはやめて公にするのよ。その方が話が早いでしょう?」
「この機会に、両方の親にも認めてもらおうと思って。もし反対されても、
なにぶん世間の目がありますから」
「視聴者を味方につけようって魂胆なのよ。いいアイディアでしょう!」
示し合わせたように軽快に話される今夜の計画を、宗と私は驚きながら聞いて
いた。
「この際ですから、お二人も一緒にいかがですか? 問題が一挙解決ですよ」
「いいえ、遠慮しておきます」
申し合わせたように、宗と二人で手を振って断った。
「デザートをいただいたら、僕らは失礼します」
「楽しかったわ。次にお会いしたときは、
近衛さんと珠貴さんの出会いを聞かせてくださいね」
「いいですよ」
美那子さんの追及は容赦ないですよ、珠貴さん覚悟してくださいねと、
沢渡さんから私へ声がかかり、はい、と返事をしたが笑みにならない。
今夜は聞き役に徹しようと、三人の会話にできるだけの笑顔で耳を傾けて
いたのに、漂ってきた強い香りに耐えられず、思わず口元と鼻を押さえて
しまった。
「珠貴さん、どうなさったの。ご気分がすぐれないみたいだけど」
「いえ、大丈夫です。すみません」
「どうした」
宗が私を抱えるように肩に手を回してきた。
優しい手に身を委ねたいとも思ったが、せっかくの楽しい時間を壊すことは
できない。
無理に笑みを浮かべようとするが、立ち上る香りにまた顔がゆがんだ。