ボレロ - 第二楽章 -
「浜尾さんも助かったんじゃないですか。
追いかけてくるリポーターもいなくなったそうですから。
だけど……さっきのあれは、ちょっと……」
「さっきのって、なんだ」
平岡の言いたいことがわかっていながら、私はとぼけた返事をした。
「先輩の言葉、トゲがありましたよ」
「あぁ、あれか……」
浜尾君が、復帰の挨拶に来たときのことだった。
お互い大変だったと事件を振り返り、話は自らの交際をマスコミに披露した
沢渡さんたちの話題になった。
マスコミは予想もしなかった展開に小躍りし、彼らへの取材に躍起になって
いた。
日々明らかになる二人の交際に視聴者は釘付けになり、年齢的なことで
沢渡家の両親が交際を認めていないらしいと伝えられると、コメンテーターを
含め視聴者から 「美那子さんがかわいそうだ 二人を認めてやってほしい」
との声が高らかとあがり、その反響の大きさに、沢渡家の両親が、
「美那子さんは申し分のない女性だ。私たちも賛成している」 とのコメント
が出たのだった。
良かったよ、結果オーライじゃないかと私が言ったことに対し、浜尾君が口を
開いた。
「副社長も沢渡先生のように、マスコミに披露されてはいかがでしょう。
案外早く道が開けるかもしれませんね。マスコミや視聴者が味方について……」
「君らしくない冗談だね。わかったようなことを言うじゃないか」
浜尾君がすべてを言い終わらないうちに、私はこんな言葉を彼女に向けていた。
その場にいた平岡がとりなすように、
「あの……そろそろ時間ですので 準備をお願いします」
私の腕を引き、これ以上言うなと平岡が首を振った。
いたたまれず俯いた浜尾君は、申し訳ありませんでしたと、硬い表情を浮かべ
部屋を出て行ったのだった。
「らしくないのは先輩のほうですよ。
あんなこと言うなんて、どうしたんですか」
「浜尾君には謝っておく」
「そうじゃなくて、何かありましたか」
勘のいい男だというのは知っていたが、今日のように私の心を見透かした
質問を投げかけてくる平岡に隠し事などできない。
何かありましたか……そのあとに、彼女と……と言いたいのだ。
珠貴と何かあったのか、そう私に聞いてくるのは平岡だけだ。
学生時代からの付き合いである彼は、公私共に私のことをよく理解している。
口うるさくも優秀な秘書であり、頼りになる先輩思いの後輩である。
「ふぅ……あっちがすんだと思ったら、こっちがうまくいかない」
「彼女が言ってました。珠貴さんを見てるのが辛いって」
「蒔絵さんが、そう言ったのか」
「浜尾さんとのことが取りざたされて、ずいぶん考え込んでいたそうですよ」
”どうしようもなく不安になるの あなたを引き付けておく自信がない……”
珠貴の言葉が胸をえぐる。