ボレロ - 第二楽章 -


数日後、漆原カメラマンから私の元へ一通の封書が届いた。

中には、今日発売の週刊誌が一冊入っており、ところどころに付箋が貼られて

いた。

付箋のページをめくると、そこには驚くべき写真が掲載されていた。


週刊誌に掲載された数枚の写真には、記憶に新しい男の姿がいたるところに

写し出されていた。

男の手から老人へ封筒が渡される瞬間をとらえた一枚には、

『この場をおさめてほしい と言いながら渡された』 と注釈がある。

足元に散らばった一万円札を拾う女性を写したもの、老女が封筒を男につき

返す一瞬、そして、フロントガラス越しに写された写真からは、運転手と

助手席の男の顔はもちろん、後部座席に座る二人の男の憮然とした顔まで確認

できた。

最後の一枚は、数人の高齢者の前を走り去る黒塗りの車を写したものだった。


記事には、レストランの敷地内で起こったトラブルの詳細が記されており、

証言者として、その場に居合わせた人々の声が克明に掲載されていた。

車との接触はなかったものの、ほぼ全員が転倒に巻き込まれ、近くを通り

かかったレストランの客が彼らを助け起こしたとある。

転倒の原因となった車からすぐには誰も降りては来ず、しばらくして降りて

きた男性から封筒が差し出されたと、事実のみが書かれていた。


『謎の車には、S代議士とK会長の姿がみえる。これは何を意味するものなのか』


投げかけた言葉の意味を読者が理解するのはたやすい。

おりしもS代議士の秘書の不祥事が取りざたされたばかりだった。

さる団体の会長であるK氏は、各方面への影響力のある人物だ。

K氏に不祥事の後始末を頼んだのか、または、検察側の動向を知るための密会

だったのか。

いずれにしても、S代議士がK氏に接触した事実を写真が物語っている。

車を運転していたのがK会長の運転手であることから、金銭で物事をおさめ

ようとしたのはK氏の指示であり、身辺がクリーンだといわれてきたK氏の

イメージは、この週刊誌の記事によって塗り替えられることになるだろう。

もちろんS代議士の評判も、地に落ちることになるのは目に見えていた。


封筒の中にメモが入っていた。


『壊れたカメラの敵討ちです 漆原』


彼らしい言い草に、ふっと口角が緩んだ。

笑うとどことなく愛嬌のある漆原カメラマンの顔が浮かぶ。

今頃彼も記事の反響に目尻をさげていることだろう。


携帯が着信をつげる。

珠貴からだった。



『漆原さんから届いたでしょう』


『そっちにも送ったのか。いつの間に写したのか、驚いたね』


『ポケットに小型のカメラを持っていたんですって』


『へぇ、さすがというか、転んでもただでは起きないってことか。

彼から聞いたの?』


『お電話をいただいたの。

それでね、二人はその場にいなかったことになってますからって、

そうおっしゃるのよ』


『どういうことだ』


『私もわからなくて、どういうことですかとお聞きしたら、 

迷惑はかからないようにしましたと繰り返しおっしゃるだけで。

もっとわかるように話してくださいと言っても、

たいしたことはしていませんからと言葉をに濁して、

漆原さんから聞きだすの、大変だったんだから』


『それでわかったのか?』


『あの場にいた方を訪ねて頼んでくださったみたい。

それが……あっ、ここです。はい、いまいきます。

ごめんなさい。あとでかけなおすわ』



電話の奥で 「室長」 と珠貴を呼ぶ声が聞こえていた。

滅多なことでは勤務中にかけてこない彼女だが、よほど知らせたい内容だった

らしい。

あとで……と言われ、しばらく待ってみたが携帯が鳴ることはなかった。



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