ボレロ - 第二楽章 -
その場にいなかったことになっているとは、言葉をそのまま受け取るなら、
私と珠貴は最初からその現場にはいなかったということ。
そこまで考えて思い当たった。
週刊誌をつかみ付箋のページをめくる。
何度も写真と記事を確認したが私と珠貴に関する記述はなく、現場から
私たちの気配は完全に消されていた。
見込んだ相手との約束ですからと、彼は言ってくれた。
照れくさそうな漆原カメラマンの顔がふたたび浮かび、ふふっと思い出し
笑いが出ていた。
珠貴はまだ何かを伝えようとしていた。
今夜にでも会って話を聞きたいものだ。
彼女からの連絡を待ちながらも、その日の午後はあわただしく過ぎていった。
夜の9時近くの電話だった。
父親である須藤社長から急に接待の席への同行を告げられ、ようやく開放
されたと珠貴の声は疲れていた。
『ごめんなさい。なかなか時間が取れなくて。これから会えないかしら』
『迎えに行くよ。どこにいる?』
『いいわ、私が行きます。マンションでいいの?
今 ”筧” なの。ここからそれほどかからないでしょう』
自分が動いた方が時間のロスがないと言い、珠貴は私の迎えを遠慮した。
『疲れてるだろう。迎えに行くよ。車の中でも話はできる』
『でも、あなただって疲れて……』
『いいから、待ってて』
『宗、だから、あのね……』
珠貴の言葉を最後まで聞かず、電話を切るとすぐに自宅を出た。
疲れた体に無理をさせたくない、そう思えばこそ彼女の遠慮する言葉を聞き
入れなかった。
今夜こそ告げてくれるだろうか。
彼女から言わないのなら、聞き出すしかない。
もしもそうなら……時間の猶予はあまりないのだから……
フロントガラスから見える街路樹は、秋の装いを見せ始めていた。
やがてくる春のために新芽を抱える樹木に、自分たちの未来を重ねてみる。
春が過ぎて夏を迎えた頃、私と珠貴の環境はどうなっているだろう。
二人ですごす風景があり、私たちが笑顔で見つめる先にもう一人加わっている
としたら……
ふと思い描いた風景に、心がふわりと温かくなった。