ボレロ - 第二楽章 -


「……ちゃん、珠貴ちゃん」


「えっ?」


「また考えごとかしら。最近どうしたの? だけど悩みではなさそうね。

なんだか楽しそうですもの」


「そんなことないわ……なぁに?」


「今週末、土曜日の夜だけど、おばあちゃまのお相手をお願いできないかしら」



おばあちゃまとは母方の祖母で、実家の跡をとった佳苗叔母夫婦と一緒に暮ら

している。

祖父も健在だが、二人の趣味は一致せず、祖父は家で好きな文献を相手に

すごすような人で、社交的な祖母は外の世界を好む人だ。

前々から誘いを受けていた会にようやく行くことができると、今週末の夜催

される 『観月の会』 への参加を楽しみにしていたが、一緒に行くはずの

佳苗叔母が行けなくなり、母もその日は都合が悪く、私へと誘いがきた。



「いいわよ」


「本当? いいのね」


「えぇ、お月見の会でしょう? 風情があるでしょうね」



ふぅん……と、妹が意味ありげな顔でテレビから目を離して私を見た。



「なによ」


「最近ご機嫌だから、何かあったのかな~と思って」


「私も思ってたのよ。珠貴ちゃん、何か良いことがあったのかしらってね」


「べつに、そんなことはないわ……」



嬉しいことが身近に起こると、隠しても隠しきれないものなのか。

最近、私のの機嫌が良いとデザイン室のスタッフからも言われていた。

なんでもないわよ、とそのたびに答えていたが、嬉しさを隠し切れない原因は

わかっている。

宗のひと言を思い出すたびに、彼に抱きしめられたような充足感を味わうの

だった。

母の話し声に 『観月の会』 の単語が聞こえたときから、私の耳は電話へと

集中していた。

月を見ながら宗の甘い吐息まで再現していたさなか、まさかこんな偶然がある

なんて…… 

鼓動が早まるのを抑えながら、『私もその日は予定が入っているの。

困ったわね……』 

母がこう言ったあたりから、私へ打診があるだろうと期待していた。

名前を呼ばれても聞こえない振りをしたのは、私の踊りだしそうな心を悟られ

ないためのささやかな演技で、祖母の付き添いを一も二もなく承知したのは、

彼に会えると思ったからだ。

妹に ”ご機嫌ね” と言われたのは、あながち間違いではなかった。


それなのに……



「観月の会ってなにをするの?」


「お月様のもとで、お歌を詠む方や、お琴や琵琶を披露される方も

いらっしゃるそうよ」


「わぁ、月を見ながら一首なんてステキ。私も行きたい。

ねぇ、いいでしょう?」


「えぇ、もちろんよ。そうね、お歌のお勉強にもなるでしょうから」



この子もお願いね、と母が私を見たので仕方なく頷いた。

紗妃が、月を愛でる風雅な会の主旨を理解しているのか怪しいものだったが 

”歌のお勉強” を理由にされたのでは、同伴したくないとは言えない。

まさか妹も一緒に行くことになるなんて……

なんでもない風を装いながら、予想外の展開にあわてた。



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