ボレロ - 第二楽章 -
『観月の会』 にふさわしい月が夜空に上っていた。
祖母は、この日のために新調した単衣の紬に名古屋帯を締めている。
学者の家に嫁ぎ、古文の研究に没頭していた祖父を支えながら、季節ごとの
衣をそろえ、娘たちにもそれなりの準備を整えた人だと母から聞いたことが
ある。
「おばあちゃまのお着物、お月様にぴったりね」
「そうでしょう。ここのうさぎさんが気に入ったのよ」
帯に描かれた兎の絵柄を示しながら、孫娘へ嬉しそうな顔をした。
見え隠れする兎の絵は遊び心にとんでいる。
見知った顔に会うたびに 「まぁ 素敵ですこと」 と賞賛の声があり、
祖母も見立てを褒められ上機嫌だった。
妹と祖母のそばを歩きながら、私は広い庭の方々へ視線を向けていた。
目指す顔を見つけたのは琵琶を奏でる席が設けられた一角で、頭ひとつ大きな
彼の姿はすぐに目に入ってきた。
彼の横に女性が寄り添い……といっても、大叔母さまだと聞いている。
ここでご挨拶をすべきか、あとで私だけ伺ったほうがいいのかと迷うあいだ、
彼の方からこちらへと歩み寄ってきた。
「見ごろの月になりましたね」
「えぇ、本当に」
宗のそつのない挨拶に、私も同じように返す。
おばあさま方は、それぞれのそばに立つ若い連れに目がいくようで、月夜の
出会いを期待しているのかそわそわとしている。
こちらは近衛さまの……と私が先に紹介し、お仕事でお世話になっていますの
と言葉を添えると祖母が目を輝かせ応じた。
「はじめまして、珠貴の母方の祖母でございます」
こちらは須藤さまの……と、宗が口を開くと、彼の次の言葉を待たずに一歩前
へ踏み出した大叔母さまは、私に親しく声をかけてくださった。
「珠貴さん、ようやくお目にかかれました。ご一緒できるなんて嬉しいこと」
「その節はお世話になりました。今夜は祖母の付き添いで参りました」
珠貴をご存知でいらっしゃいましたかと祖母も加わり、
「今まで何度もお誘いを頂きながら都合がつかず、残念な思いでおりました。
今日も一緒に来るはずの娘に用事が出来まして。
ですが、なんとしても参りたいと思いまして、
孫娘を伴ってお邪魔いたしました」
年配の女性特有の細かさで、込み入った事情まで披露する。
祖母の言葉を聞いた近衛の大叔母さまも、
「さようでございますか。私も孫娘を誘いましたが月には興味がないと
振られまして。
それで、甥を強引に連れ出しましたの。甥や姪が何人もおりますが、
中でもこの人は私に優しくしてくれますので、ついつい頼ってしまいます」
と、同じような事情であったとおっしゃった。
自己紹介が改めて始まり、祖母の名を聞いた大叔母さまが驚いた顔を
なさった。
「まぁ、青木先生の奥さまでいらっしゃいますか。
主人が先生の講義を楽しみにしておりました」
互いに接点があったようで、おばあさま方のそれは楽しそうなこと。
私たちの仲介など必要なく、話はすでにはずんでいる。
女性は相手に共通点を見出すととたんに身近に感じるもので、二人は今まさに
そのさなかにいた。
宗がこの会に来ると聞いたのは、一週間ほど前だった。
大叔母さまのご指名で 「宗さん、観月の会の相手をお願いできないかしら」
と柔らかくも断れない誘いだったと笑いながら話してくれた。
大叔母さまについては宗や静夏ちゃんから何度となく聞いていたが、この方の
ように素敵に年を重ねたい女性として手本にしたいと思える素敵な方だった。