ボレロ - 第二楽章 -


和服が多い中、大叔母さまの装いはワンピースで、しなやかな生地がまろやか

な曲線を作り、優しくも引き締まったお顔に映えて、とてもお似合いだった。

こちらをご覧になって、と耳元に手をあて 



「珠貴さんの会社のデザイナーさんが作ってくださった、一点ものですのよ。 

偶然、今夜身につけてまいりましたの。 

珠貴さんや青木先生の奥様に、お目にかかれる予感があったのかも

しれませんね」

 

そう嬉しそうにおっしゃった。

不意に向けられたおばあさま方の視線に、宗も私もたじろいだが、心中を

明かすわけにはいかない。

お二人一緒にいらっしゃると良くお似合いだこと、の大叔母さまの言葉は

嬉しかったが、ゆったりと微笑み返すことで心の奥のわきたつ震えを隠した。


微笑ましく見つめられる視線に耐え切れず、どうぞごゆっくりと祖母と大叔母

さまに声をかけ、妹を促して後ろへと下がった。

なんとなくというように宗も私たちのそばにやってきたが、二人だけで親しく

話ができる環境ではない。

今夜の会に妹も一緒だと彼には告げていたが、妹に宗をなんと紹介しようかと

迷っていた。

妹だけでなくおばあさま方の前でも、宗との間柄を知られることのないよう、

極力親しさを見せずここまできたが、妹を含め三人になると振る舞いがさらに

難しくなる。

とにかく、妹ですと改めて紹介すると、宗から気さくな言葉が返ってきた。



「並ぶと良く似ているね」


「そう見えますか? あまり言われたことないです。ねぇ、珠貴ちゃん」


「そうね」


「お姉さんを名前で呼ぶんだ。ウチの妹もそうだよ。

おにいさんって呼ばれたことがないよ」


「そうなんですか。妹さん、近衛さんを呼ぶときはどんなふうに? 

宗一郎くんとか、宗ちゃんとかですか?」



宗が大きな声で笑い出した。

豪快な笑いに妹も一瞬驚いたようだが、すぐに一緒になって笑い出した。



「宗ちゃんってのは意外だったね。あはは……宗って呼ばれてる」


「えーっ、私なら おにいさま って呼んじゃいます」



嬉しいことを言ってくれるねと言った顔は本当にそう思っているようで、顔を

ほころばせながら胸ポケットから一枚のカードを取り出し妹に差し出した。

出来たばかりのリゾート地にある、遊園地のパスポートだという。



「もらったばかりだから、しばらくは使えるはずだよ。よかったらどうぞ」


「珠貴ちゃん、これ頂いても……」



私に判断を仰ぐ顔は姉を頼りにしている顔で、宗にいいの? というように

目を向けると、小さく頷いたので妹へも頷いて見せた。
  


「ありがとうございます。わぁ、うれしい。

無料パスポートですね。お友達と行きます。

あの……近衛さんのメルアド教えてください」


「ちょっと、さきちゃん」


「いいけど、どうして?」


「いただいたパスポートを使ったら、感想をお伝えしようと思って。

行ってきましたって報告したいんです」


「それは嬉しいな。メール待ってるよ」



私の心配をよそに 「はい」 と元気のいい返事をすると、宗とアドレスの

交換をはじめた。



「紗妃ちゃんって、こんな字を書くんだ。なるほどね」


「字がなにか? 変ですか?」


「いや、お姉さんは、貴い珠と書いて珠貴、大事な真珠という意味だね。 

紗妃ちゃんの紗は絹のことだ。妃は字の通り姫をあらわす。

君たちのお父さんの、強い願いが込められた名前だと思ってね」



宗の言葉の意味に、私も妹も顔を見合わせて驚き、くすぐったい気分になって

いた。

おばあさま方の歓談は、まだ続いている。

宗の言葉から、月の夜に悟った父の思いに、家を背負うわが身の軽くない

ことを知らされた。

 

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