ボレロ - 第二楽章 -

11. delicato デリカート (繊細に)



ポケットに入れた手が、肌のぬくもりで温かいと感じる季節になってきた。

足早に過ぎようとしている秋に、今までなら気がつかずに冬を迎えていただろう

が、今年は少々状況が違う。

ミーティング前の、短いがゆっくりとできる時間帯を見計らったように届く

メールには、『ちいさい秋 みーつけた』 のタイトルがつけられ、彼女が

見つけた秋の画像が添付されている。

そろそろだなと思いながら突っ込んだポケットの奥で、プライベートの携帯が

震えた。

急ぎメールを開くと、今朝は色づいた銀杏の葉の画像が添えられていた。


『学校前の銀杏並木です。ぎんなんが美味しそう』


”美味しそう” のあとの顔文字がいかにも食べたいと言っているようで、

『ぎんなんの天ぷらも美味いよ』 と返信すると、

ほどなく 『私も大好き』 と満面の笑みの絵文字入りで返事が来た。



「楽しそうじゃないですか。10代の女の子とメル友なんて羨ましいですね」



メールの送り主を知っている平岡が書類を渡しながら、ウソでなく羨ましそう

な顔をした。 

このひと月ほど、ほぼ同じ時刻に珠貴の妹の紗妃ちゃんからメールが送られて

くるようになっていた。



「頭のいい子だよ。何度かやり取りをするうちにわかったんだろう。

俺が返信できる時間帯を把握している」


「珠貴さんの妹さんですからね、そうでしょう。

メールのこと、珠貴さん知ってるんですか?」


「別に言うほどのことじゃないだろう」



なんとなく珠貴には言い出せず、秘密ということもないのだが紗妃ちゃんとの

メールのことは告げていない。

珠貴からも特に聞かれないのだから、紗妃ちゃんも姉には黙っているのだろう。

パスポートのお礼と遊園地へ行った報告があり、紗妃ちゃんから送られてきた

メールに返信したことからなんとなくやり取りが続いていた。

考えてみれば紗妃ちゃんとは不思議な関係だ。

何気ない一文と一枚の画像で繋がっている私を、向こうがどうとらえているの

かわからないが、親しみを持ってくれているのは間違いないようだ。

気分良く渡された書類に目を走らせたのに、癇に障る名前が目に入り、

秋らしい銀杏の画像に癒されていたところを邪魔され、瞬時に顔がゆがんだ。


「今日のメンバーに、どうして櫻井祐介の名前があるんだ」


「さぁ、霧島さんから送られてきたものなので、間違いはないと思いますが、 

須藤社長のお声がかりじゃないですか?」


「そんなことぐらいわかってる。だから、どうしてだと聞いてるんだ」


「僕に言われても、そんなのわかりませんよ」



平岡に聞いたところで須藤社長の意向を平岡が知るはずはないのだが、

苛立ちを言葉にして吐き出してしまいたかった。

霧島君と須藤社長の仲立ちをした事業が正式に決まり、表面では私の役目は

終わりとなるはずの最後の打ち合わせの場に、須藤社長が櫻井祐介を同行

するらしく、その事実に歯がゆさを隠せなかったのだ。




< 97 / 287 >

この作品をシェア

pagetop