ボレロ - 第二楽章 -


『割烹 筧』 で向き合ったとき、櫻井が見せた目には凄みがあった。

自分の方が確実に須藤家に近いはずだと信じて疑わなかったヤツの前で、

珠貴は迷いもせず彼のそばから私の方へと歩み寄った。

珠貴の気持ちが私に向いていることを知りながら、それでもなお彼女を自分の

手元に取り戻すために、いつか行動を起こすだろうと思ってはいたが、予定外

に早く手を打ってきたようだ。

霧島君と私の間柄を須藤社長から聞き、それなら、その間に割って入ろうと

画策したのか。

または、須藤社長の眼鏡にかない、早くも後継者として見込まれたのか……

いずれにしても私にとっては面白くない展開ではあるものの、闘志をむき出しに

するわけにはいかない。

櫻井の挑発に乗ってしまったら最後、自分を失い兼ねないことになる。

気持ちを静めるために大きく深呼吸をして再度書類に目を通した。



「僕が一緒に行った方がいいのでは?」


「そうしてもらいたいところだが、まぁ、なんとかなるだろう」


「彼女には手はずを整えて伝えてありますが……

先輩、浜尾さんとケンカしないでくださいよ」  


「バカ、そんなことするか」



これまでは平岡が同席していたが、今日は浜尾君が一緒に行くことになって

いた。

異臭事件以来、彼女と行動を共にするのは控えていたが、平岡の都合がつか

ないのであれば仕方がない。

まずは須藤社長と霧島君の事業提携を安泰に進めること、櫻井の意向を探る

のはそのあとだ。

決して挑発には乗るな……

わが身に言い聞かせるように、頭の中で再び念じた。






ここにいる顔ぶれを見たら、彼は小躍りするのではないか。

間違いなくカメラに収め、ほくそえむに違いない。

かの事件でつながりのできた漆原カメラマンの顔が浮かんだ。

この中の誰が笑い、誰が悔しさに唇を噛むのか。

決着がついたあかつきに眺める一枚はさぞ楽しいでしょうね……なんてことを

彼なら言いそうだ。

漆原カメラマンが喜ぶであろう顔ぶれは、私にとって現時点では最悪だった。


須藤社長が急用のため出席を見合わせたのは致し方ないとして、社長代理と

して珠貴が出席しているのはどういうことだ。

今日の会合が宝飾部門にかかわると言うのなら話はわかるが、およそ畑違いの

生産工場の技術提携だ。

代理を立てるにしても、繊維部門の責任者がやってきてしかるべきではないか。

それも櫻井と一緒にあらわれたのだから、癇に障るどころではない。

櫻井と珠貴が並んで座っているのを見るだけで憤りを覚えた。




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