ボレロ - 第二楽章 -
けれど、それは私だけではないようだ。
先に席についていた珠貴も、私たちの顔を見るなり険しい表情を浮かべたの
だった。
私の後ろに浜尾君を認めたときの彼女の目は決して好意的ではなく、あから
さまに不快な顔ではなかったが、形式的に笑みを浮かべるにとどまった。
霧島君が出席者を紹介したあと、櫻井の発した言葉でその笑みさえも消え、
今日の会合は気まずさを含んだ
まま進行することになるだろうと思われた。
「須藤社長の出席がかなわなくなり、代わりに珠貴さんに
お越しいただきました。
珠貴さんは、近衛副社長をご存知でいらっしゃるとうかがっていますが」
「はい……本日は社長の代理で参りました。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
私の顔を見ても型どおりの挨拶をかわすのみで、親しみなどどこにもない。
「櫻井さんは初めてですね。こちらは 『サクライ』 の企画……」
「いえ、近衛さんには何度もお目にかかっています。
本日はオブザーバーとして出席させていただくことになりました」
「オブザーバーですか」
「えぇ、いずれ事業に大きく関わっていくことになるので、
社長から直々に声をかけて頂き、今日はこうして」
「そうですか」
何か言い返してやろうかと思ったが、ヤツの口先に乗るまいとグッと腹に力を
いれる。
私の硬い顔とは反対に、霧島君は驚き嬉しそうに自分の予想を口にした。
「櫻井さんは、もしや珠貴さんと……いや、先走ったことを言いました」
「いいえ、そう受け取ってくださっても結構ですよ」
「櫻井さん、それは……」
「いいじゃありませんか。いずれわかることですから」
「やっぱりそうでしたか」
言葉どおりそのままを受け取った霧島君は、疑うことなく二人へ祝福の目を
向け、珠貴は戸惑いながらも否定はせず、曖昧な笑みを浮かべている。
「僕たちより、近衛さんと秘書の……浜尾さんでしたね。
二人がこうして一緒にいるのを拝見すると、とてもよくお似合いだ。
噂だけではなかったようだ。マスコミの目もなかなかですね。
案外本質を見極めていたのかも」
「さて、何をおっしゃりたいのか」
「近衛副社長はとぼけるのもお上手だ。
こんなにステキな女性がそばにいながら……」
「憶測でものを言うのはやめてもらいたい。
櫻井さん、言いたいことがあればハッキリ言えばいい」
私と櫻井の間には一触即発といった空気が流れていた。
後ろに控えていた浜尾君が、副社長……と小さく声をかけ、私をいさめる。
「そろそろ本題に入りましょうか。では、本日は……」
険悪になりかけた空気が霧島君の抑えた声によって落ち着いたものの、
その日の会合は終始みなが険しい表情のままで進んでいった。