竜の唄
「えっ…、ロゼ!?」
急に走り出したロゼに、当然イアンは目を丸くした。
しかもその方角には、危険だと散々言われたあの森。
慎重なはずのロゼが、いきなり、全速力でそこに向かっている。
思わず一瞬固まってしまったが、はっとしてすぐにイアンは追いかけた。
いくら強いといえども、あんな周りの見えていない状態の彼女を一人であそこに放り込んではいけないことぐらい、彼にもわかる。
「ロゼ! ストップ! どうしたんだよ!!」
少し危険地帯に入ってはしまったが、持前の脚力ですぐに追いついたイアン。
彼は慌てて細い腕を取って、彼女を引き止めた。
振り返った彼女は、焦りと困惑を表情に滲ませイアンを見上げる。
揺れている紅い瞳が、何故かイアンに強い印象を残した。
「イアン…、でも、聞こえたの」
細い肩を揺らしながら、少女は不安そうにそう言った。
結われたショコラ色の髪が、彼女が動くたびにひょこひょこ揺れる。
「聞こえたって、何が?」
辛抱強く聞かせるように問えば、ロゼは向かっていた方向を振り向きそちらを指差した。
「苦しいって。向こうから」
それを聞いて、イアンはロゼが指差す方向に目を凝らした。
が、自慢の視力と聴力をもってしても、何も見えないし聞こえない。
それでもロゼは必死に、今も聞こえる、何だか凄く不安なの、とイアンに訴えた。
「人だったら大変だわ。それに、とっても苦しそう」
一生懸命言う常にはない彼女の様子に、イアンもさすがに勘違いとも思えなかった。
自分にはわからないが、ロゼには感じるものがあるらしい。
「…わかった。でも一緒に行こう。あとちょっと落ち着こう」
危ないから、と言われて、ロゼはやっとあたりを見回した。
まだ様子見はしているようだが、魔物の警戒している気配がひしひしと伝わってくる。
そこでやっと自分のしたことを顧みたのか、彼女は真っ赤になってイアンをばっと見上げた。