きみと泳ぐ、夏色の明日


今なら誰も見てない。

須賀が注目されている間にさっさと自分の番を終わらせよう。


私は第4コースに立ち、静かに水の中に入った。

それは水音もしないほど慎重に。


水位は丁度胸の辺りで、まだ心臓がバクバクしてる。

大丈夫。ここに波はないし、流されることもないんだから。


「……っ」

息を大きく吸ったあと、私は顔を水につけた。勢いよく壁を蹴るとスッと体が前へと進む。


耳にはゴーッという水の音。そしてブクブクと鼻から出る空気。心が追いつかないまま、無我夢中で足が動いていた。


水の世界。
青い世界。
透明な世界。


『――姉ちゃんっ!!』

なぜかあの日の声がする。


そうだ。

水は私の大切な人を奪った。


水は私の弟を返してくれなかった。

だから嫌い。大嫌い。


ブクッと大きな気泡が出たあとに体が急に軽くなった。


自分が息をしてるのか、してないのか。

ちゃんと泳いでいるのか、泳いでいないのか。

進んでるのか、止まっているのかさえ分からない。


ああ、なにも音がしない。

コバルトブルーの空が水面から見えて、それがだんだんと離れていく。

怖さはない。きっと海斗も意識が遠退くまでこんな風に青の世界にいたはず。

その時、冷たい水中で私を引き寄せる腕が。


海斗?海斗なの?


私はいい。

私はいいから、あの日に戻れるなら弟をどうか助けて下さい。

< 19 / 164 >

この作品をシェア

pagetop