きみと泳ぐ、夏色の明日
今なら誰も見てない。
須賀が注目されている間にさっさと自分の番を終わらせよう。
私は第4コースに立ち、静かに水の中に入った。
それは水音もしないほど慎重に。
水位は丁度胸の辺りで、まだ心臓がバクバクしてる。
大丈夫。ここに波はないし、流されることもないんだから。
「……っ」
息を大きく吸ったあと、私は顔を水につけた。勢いよく壁を蹴るとスッと体が前へと進む。
耳にはゴーッという水の音。そしてブクブクと鼻から出る空気。心が追いつかないまま、無我夢中で足が動いていた。
水の世界。
青い世界。
透明な世界。
『――姉ちゃんっ!!』
なぜかあの日の声がする。
そうだ。
水は私の大切な人を奪った。
水は私の弟を返してくれなかった。
だから嫌い。大嫌い。
ブクッと大きな気泡が出たあとに体が急に軽くなった。
自分が息をしてるのか、してないのか。
ちゃんと泳いでいるのか、泳いでいないのか。
進んでるのか、止まっているのかさえ分からない。
ああ、なにも音がしない。
コバルトブルーの空が水面から見えて、それがだんだんと離れていく。
怖さはない。きっと海斗も意識が遠退くまでこんな風に青の世界にいたはず。
その時、冷たい水中で私を引き寄せる腕が。
海斗?海斗なの?
私はいい。
私はいいから、あの日に戻れるなら弟をどうか助けて下さい。