きみと泳ぐ、夏色の明日
あのあと紗香はテニス部に向かって、私は家へと帰った。
靴を脱いでリビングの扉を開けるとすぐに「おかえり」という声が。
「あれ、お父さん?」
平日にいるなんて珍しい。
寝間着のままだし、どうやら今日は仕事が休みだったようだ。
「外は暑かっただろう。アイス食べるか?」
リビングはほどよい温度でエアコンが効いていて、ベタついた汗がすーっと消えていった。
お父さんが冷蔵庫から出してくれたのは棒付きのソーダ味のアイス。小さい頃から夏といえばこのアイスで、スイミングスクールの帰りにいつも買ってもらって食べてたっけ。
海斗なんて1本じゃ足りないぐらい大好きだった。
ソファーに座ってひと口食べると、口の中でそれは一瞬で溶けた。
「学校はどうだ?楽しいか?」
「うん。普通」
「はは、普通か。すずももう17歳だもんな。早いよな」
「……うん。早いね」
まるでおうむ返しのように同じ言葉を返すだけ。
このたわいない会話の中でも私は後ろめたさを感じてしまって胸がぎゅっとなる。
もう17歳の高校2年生だよ。
海斗の時間は止まってしまったのに、なんで私だけ歳を重ねてしまってるんだろうね。
海斗の夢は水泳選手だった。
オリンピックに出て日本代表になって金メダルを獲るって、周りからは笑われそうなほど大きな夢だったけれど。
お父さんは海斗がオリンピックに出たら海外だろうと、どこへでも応援に行くからな!って張り切ってた。
たかが夢。されど夢。
だけど海斗にとってそれは真剣な夢だった。
家族にとってもそう。
あれ以来、みんな意識的に水泳のテレビは家で見なくなった。夏休みに毎年家族旅行で行っていた〝あの川〟にも、もちろん行かなくなった。
このソーダ味のアイスだって、海斗が食べないからなかなか減らずに冷蔵庫に残ったままだよ。