さよならの魔法
残暑だとか言って、30度を軽く超える日も珍しくない。
夏休みは終わったのに、夏はまだ続いてる。
感覚的には、そんな感じ。
クーラーのスイッチが切られたままの教室は、さながらサウナの様だ。
暑さを誤魔化す為に、仕方がないから下敷きで風を送ってみる。
ダメだ。
生温い風しか来ない。
これじゃ、根本的な解決すら出来ないじゃないか。
あー、次の授業って、何だっけ。
脳の動きまで鈍って、そんな簡単なことを思い出すにもやけに時間がかかってしまう。
体育じゃないといいな。
体を動かすことは好きだけど、さすがにこの暑さの中で外に放り出されるのだけはごめんだ。
(………夏バテか?)
思えば、夏休み中もずっと走りっぱなしでいた様なもの。
平日の部活。
部活が終われば、彼女である茜と会って。
たまに、矢田とも遊んで。
矢田のくだらない話にも、笑って付き合って。
週末になれば、茜と出かける。
出かけるとは言っても、それほど財布に余裕がある訳ではないから、お金のかからない場所に行くだけなんだけど。
自分だけの為の休みというものがなかった。
体を休めるということをしてこなかった。
走りっぱなしの体が悲鳴を上げているのだ、きっと。
それに加えて、この暑さで参っているのかもしれない。
ぼんやりそんなことを考えていれば、すぐ傍で俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ユウキ!」
俺の耳に届いたのは、明るく弾んだ声。
声を聞くだけで、誰の声なのかくらいは判別出来る。
この声は、茜のもの。
俺の彼女のもの。
振り返れば、やっぱりそこに茜がいて。
暑さなんか吹き飛ばすくらいの笑顔で、疲れた俺を出迎えてくれる。
無邪気な笑顔を向けてくれる茜に、俺はこう聞いた。
「茜、何だよ?」
「次、化学だよ。ね、一緒に行こうよ?」