さよならの魔法
こんなにも想われているのに。
こんなにも愛されているのに、感じてしまうのは申し訳ないという気持ち。
決して完璧ではない自分を、ここまで想ってくれる人がいる。
自分のことだけを見てくれている人がいる。
それって、すごく幸せなこと。
普段は忘れてしまいそうになるけれど、忘れてはいけない。
覚えておかなければいけない。
そういう人が、身近にいるということを。
小さな、だけど大切なこと。
「茜、ちょっと待ってて。すぐ準備するから。」
「うん、待ってる。」
俺を待っていてくれる茜にそう告げて、慌てて机の中を漁る。
化学。
化学の教科書とノート。
早く出てこい。
俺の席の近くに座れるから、化学の授業が好き。
そう言ってくれた、茜の言葉には答えられないまま。
いつも通りの休み時間。
普段と変わらない時間。
そう思っていた時間は、突然破られた。
「天宮さーん、なーにしてるの?」
甘ったるい声が、ふいに鼓膜に届く。
聞き覚えのある声。
(この声は………)
グルッと教室を見回せば、すぐに声の主は見つかった。
教室の中でも、前の方。
ある1ヶ所に群がる集団が、目に入る。
その中心にいるのは、ショートカットの女の子だ。
背は小さいのに、存在感だけはこの教室内の誰よりも大きな女の子。
磯崎 紗由里。
うちのクラスの女子の中で、今現在、1番目立っている女の子。
女子だけではなく、男子にまで影響力を持っている女の子。
遠目にも、磯崎がやたらと笑っていることが見てとれる。
磯崎が立っているのは、天宮の席の前。
天宮の周りを取り囲む様にして、磯崎と仲のいい数人の女子が並んでいる。
天宮の席の周りだけ、空気が違う。
世界が違う。
そう思わざる得ない状況。
平和だとばかり思っていた、授業と授業との間の休み時間。