さよならの魔法



いても、いなくても同じこと。

空気みたいな存在。



橋野さんは、きっと両親に愛されて育ったのだろう。

家のあちこちに飾られている家族写真を見れば、橋野さんの両親がどれほど彼女のことを愛しているかが分かる。


でも、愛していても、家にはいない。

仕事の為なのだけれど、愛されていても、橋野さんは1人ぼっちだ。



どっちが幸せなのだろう。


愛されていないけれど、両親と一緒にいられる私と。

愛されているけれど、両親と一緒にいられない彼女と。


もしかしたら、どっちも幸せではないのかもしれない。








「うーん………あれ?」

「どうしたの?」


作り進めているうちに、気が付いたことがある。

それは、自分の不器用さ。


料理が下手なのは自覚していたけれど、それは料理をした経験が少ないからだとばかり思い込んでいた。



おかしい。

何かがおかしい。


本の通りにやっているはずなのに、上手くいかない。


どうしてだろう。



深いブラウンの固まりが、私の使うボールの中にある。

その固まりは、何故か溶けない。


いや、中途半端に溶けかかってはいるのだけれども。



想像していたのは、ボールの中で滑らかに溶けていくチョコレート。

そう、チョコレートファウンテンの様に。


現実には刻んだ板状のチョコレートが、ボールの中で並んでいるだけ。



私が作ろうとしているのは、至ってシンプルなチョコレート。

製菓用のチョコレートを溶かして、型に入れて固めるだけ。


難しいことなんて何もないはずなのに、本みたいに進んでくれない工程に、つい挫けてしまいそうになる。



(どうして?)


もうチョコレート、溶けてくれてもいい時間なのに。


何がいけないのだろう。

どこがダメなのだろう。


今日ほど、自分の不器用さを呪ったことはない。



(どうしよう………。)


こんな状態じゃ、チョコレートなんてあげられない。

渡せる出来のチョコレートなんて、作れない。



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