さよならの魔法
「わ………っ。」
紺野くんと呼ばれた男子生徒の笑顔から目を逸らせないでいた私は、突然のことに慌てふためく。
悪いことなんて何もしていないのに、何故か後ろめたい。
立ち聞きしていたのかと言われれば、それは否定出来ないから。
後退りするけれど、それも既に遅かったんだ。
勢いよく、開いたドア。
ドアの先にいるのは、先ほど立ち上がった生徒。
そう。
笑顔が爽やかだと感じた彼を、紺野くんと呼んでいた方の人。
ドアの目の前に立つ私。
その距離、10センチとちょっと。
予期せぬ事態に、私とその男子生徒の体がぶつかりそうになる。
(あ、挨拶しなきゃ………。)
ばっちり目が合ってしまったからには、無視することも出来ない。
おはようって。
たった一言でいい。
挨拶しなくちゃ。
同じクラスになるかもしれない人なんだから、挨拶くらいはしなければ。
「………っ。」
分かっているのに、言葉が出ない。
声が出ない。
おはよう。
その一言が、上手く口に出せない自分。
慣れている人にさえ、挨拶をすることに気を遣ってしまう私。
ましてや、目の前の男子生徒とは初対面。
初対面の人と話すのは、やっぱりどうにも苦手で。
言葉なんて、スムーズに出てくるはずがない。
無言のままで合っていた視線は、あちらから逸らされてしまった。
「そこ、どいて。」
私に浴びせられたのは、冷たい言葉。
醒めた視線。
冷や水みたいに冷たい言葉。
真上から、真っ直ぐに突き刺さる視線。
私は、チラリとも上を見上げることは出来なくなっていた。
「あ………。」
ごめんね。
ごめんなさい。
わざと、道を塞いでいたんじゃないの。
ただちょっとだけ、教室に入ることに躊躇っていただけで。
覗きたくて、覗いていたんじゃない。
聞き耳を立てていた訳じゃない。
悪気はなかったんだよ。