さよならの魔法
せっかく、橋野さんに場所を貸してもらったのに。
そこまでして、チョコレートを自分の手で作りたかったのに。
既製品じゃ、伝わらない気持ち。
工場で作った大量生産のチョコレートじゃなくて、私の手で作りたかった。
紺野くんの為に。
大好きな人の為だけに。
密かにパニックになる私の手を、橋野さんが支えてくれた。
「天宮さん、貸して?」
「………は、橋野さん。」
そっと触れる橋野さんの手に、私の手の動きが自然と止まる。
「もしかしたら、湯せんの温度が低いのかもしれない………。」
橋野さんはそう言って、私が使っていたボウルをシンクへと移動させていく。
シンクの中にあったのは、お湯が張られたもう1つのボウル。
私が使っていたボウルよりも一回り大きなボウルに張られたお湯が、湯気を立ててチョコレートを待っていた。
「湯せんの温度が低いとね、チョコレートも溶けにくいと思うの。だから、天宮さんが使ってるお湯よりも、ちょっとだけ熱いお湯を使えば溶けるはず………なんだけど。」
そうか。
湯せんの温度が低かったのだ。
チョコレートを溶かすということばかりに気を取られていて、湯せんの温度にまで気を遣っていなかったのは事実。
ボウルに張られたお湯の温度をきちんと計ってから、ボウルを重ねていく。
そうすれば、ほら、みるみるうちにチョコレートの形態が変わる。
固まりが残りがちだったチョコレートが、魔法にかかったみたいに滑らかに溶けていく。
チョコレートの海みたいだ。
濃いブラウンの甘い匂いが漂う海。
辺りに漂う匂いはカカオ独特の匂いで、思わず作っている方まで幸せな気持ちで満ちていく。
「嘘………、すごーい………!」
感嘆の言葉を漏らした私に、橋野さんは控え目にこう答えてくれた。