さよならの魔法



「天宮さんがチョコレートを作りたいって言っていたから、ちょっと自分でも本でいろいろ調べてみたの。」

「わざわざ、調べてくれたの?」


チョコレートを作るのは、橋野さんではないのに。

しかも、家のキッチンを使わせて欲しいだなんて、ワガママまで聞いてもらっているのに。


私なんかの為に、橋野さんはあらかじめ、いろいろとチョコレートのことについて調べてくれていた。

そのことが、ちょっとだけ嬉しい。



だって、今まで私の為にそんなことまでしてくれる人はいなかった。

無償で何の見返りもなく、そんなことをしてくれる人はいなかった。


友達だから。

友達の為だから。


それだけの為に。



「私、家庭料理は得意なんだけど、お菓子はあんまり作らないから………。」

「そうなの?」

「天宮さんが困った時に、少しでも役に立てたらと思って。」


家庭料理を作ることだけが得意という時点で、既に私の中では尊敬に値する存在だ。

不器用な上、料理をする経験すらなかなか与えられなかった私には。


料理が苦手な私と違って、橋野さんは料理が得意なのだろう。



その証拠に、橋野さんの手はスムーズに動いている。

どんな時でも、迷うことなく。


まごついてばかりの私とは、経験の差があるのだ。



(橋野さんがいてくれて、ほんとに良かった………。)


私だけだったら、まずチョコレートを湯せんするところでつまづいていた。

溶けることなく、固まりのままのチョコレートを渡すことになっていたかもしれない。


ああ、考えるだけで怖い。



滑らかになったチョコレートを木べらでかき混ぜながら、安堵する私。


深い焦げ茶色のチョコレートが、光沢を放つ。

香りは、人を幸せにしてくれる。


甘くて、どこかリッチで。

甘い香りに包まれながら、ハートの形の型にチョコレートを流し込んでいく。



< 131 / 499 >

この作品をシェア

pagetop