さよならの魔法
「天宮さんがチョコレートを作りたいって言っていたから、ちょっと自分でも本でいろいろ調べてみたの。」
「わざわざ、調べてくれたの?」
チョコレートを作るのは、橋野さんではないのに。
しかも、家のキッチンを使わせて欲しいだなんて、ワガママまで聞いてもらっているのに。
私なんかの為に、橋野さんはあらかじめ、いろいろとチョコレートのことについて調べてくれていた。
そのことが、ちょっとだけ嬉しい。
だって、今まで私の為にそんなことまでしてくれる人はいなかった。
無償で何の見返りもなく、そんなことをしてくれる人はいなかった。
友達だから。
友達の為だから。
それだけの為に。
「私、家庭料理は得意なんだけど、お菓子はあんまり作らないから………。」
「そうなの?」
「天宮さんが困った時に、少しでも役に立てたらと思って。」
家庭料理を作ることだけが得意という時点で、既に私の中では尊敬に値する存在だ。
不器用な上、料理をする経験すらなかなか与えられなかった私には。
料理が苦手な私と違って、橋野さんは料理が得意なのだろう。
その証拠に、橋野さんの手はスムーズに動いている。
どんな時でも、迷うことなく。
まごついてばかりの私とは、経験の差があるのだ。
(橋野さんがいてくれて、ほんとに良かった………。)
私だけだったら、まずチョコレートを湯せんするところでつまづいていた。
溶けることなく、固まりのままのチョコレートを渡すことになっていたかもしれない。
ああ、考えるだけで怖い。
滑らかになったチョコレートを木べらでかき混ぜながら、安堵する私。
深い焦げ茶色のチョコレートが、光沢を放つ。
香りは、人を幸せにしてくれる。
甘くて、どこかリッチで。
甘い香りに包まれながら、ハートの形の型にチョコレートを流し込んでいく。