さよならの魔法
矢田らしい。
周りのことを見えてない辺りが矢田らしくて、微笑ましい。
急に不安そうな顔をして、林田の心配をする矢田。
「だ、大丈夫かなー。優美ちゃん、風邪とか引いちゃったらどうしよう………。」
「うーん、絶対とは言わないけど、手袋くらいなら平気じゃない?」
「あー、今から優美ちゃん追いかけて、手袋返してこようかな?」
どれだけ心配性なんだよ、お前。
心配そうに、だけどはめている手袋を愛おしいものでも見るかの様に見つめる矢田。
矢田を見ていると、俺は複雑な感情に支配されるんだ。
俺もこんな風に、茜のことを心配していたのだろうか。
俺と茜が付き合い始めた頃、俺は茜のことをここまで想っていただろうか。
思い出せない。
どうしてだろう。
遠い過去と呼べるほど、昔じゃない。
それなのに、懐かしさしか感じない記憶。
茜と付き合い始めたのは、7ヶ月前のこと。
まだ、1年も経っていない。
それなのに、もう何年も昔のことの様に思える。
遠い遠い、過去のことの様に思える。
周りなんか見えていなくて、好きな人のことばかりを考えて。
俺も、そうだった?
周りからは、そう見えていたのだろうか。
今では、有り得ない。
茜のことばかりを考えて。
茜のことだけを見て。
矢田が林田を想う様に、俺は茜のことを想ってはいない。
それだけは言える。
茜は、俺の彼女。
7ヶ月前、屋上で告白されたあの時から、今でも俺の彼女という座に存在し続ける。
それは、変わらない事実。
だけど、俺と茜の間には、壁がある。
越えられないほどの、高い壁がある。
付き合い始めた頃は、キスもした。
手だって、繋いだ。
暑かった夏。
暑いのに、それでもいつもくっ付いていた。