さよならの魔法



体を重ねる行為にまで至らなかったのは、幸か不幸か。

今から考えてみれば、それで良かったのかもしれない。


幸せだった夏。

茜との距離が、1番近かった季節。


不器用ながらも、俺と茜は恋人同士だった。

でも、今は。



手を繋ぐこともなくなった。

一緒に帰ることも少なくなった。


手が触れそうになれば、それとなく避ける。

一緒に帰ろうと誘われれば、部活を理由に断る。


それが、今の俺と茜。



嫌いになったんじゃない。

1度は付き合うと、そう決めた女の子だ。


好きという気持ちは薄くなっても、嫌いにまではなれない。

今の時点では。




引っかかるんだ。

心に、どうしても引っかかることがある。


茜の言葉。

茜との違いをまざまざと感じた、あの日の茜の言葉が。



「私はいじめてないし、いじめられてない………。それでいいじゃない!」


自分のことだけを考えて言った言葉。



「ユウキだって、自分の彼女がいじめられてたら嫌でしょ?あの子と一緒にいじめられてたら、恥ずかしいでしょう?」


冷酷な言葉。

無責任な言葉。



思い出すだけで、スッと寒気が走る。

恋をしようと決めた心に、ブレーキがかかる。


あの日のことが。

あの日の茜の言葉が。



俺は、どうしたいんだろう。

俺はこれから、どうなるんだろう。


ふと考え込んでいた俺に、矢田がこう聞いた。




「なー、紺野ー。」

「何だよ。」

「言いにくいんだけどさー、お前と茜ちゃんって………あんまり上手くいってないの?」


その指摘に、俺は口の端をわずかに上げた。



上手くやっているつもりはなかった。

だけど、周りにも、それが知られていたなんて。


分かってしまうものなのかもしれない。



別れたい。

茜から離れて、考え直したい。


俺がそんなことを考えていると知れば、茜は傷付く。



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