さよならの魔法



嫌だ。

嫌だ。


もう、こんな自分は嫌。



暗い表情で教室に足を踏み入れてすぐ、誰かの視線に気が付いた。








(あ、さっきの人………だ。)


私に視線を向けていたのは、先ほどの男の子。


私の横を通り過ぎていった男子生徒と話していた、男の子。

私が目を奪われた、素敵な笑顔の持ち主。



確か、紺野くん。


私がずっと目を離せなかった彼が、すぐそこに座っている。



笑顔が、とても爽やかで。

よく通る声は、透明な水みたいで。


ドア越しに見ていた彼が、すぐそこにいる。



整えられている訳でもないのに、綺麗な形をした眉。

切れ長の細い目は、笑うともっと細くなる。


薄い唇。

クシャッとした髪の毛は、陽に当たるとほんのり茶色く見える。


少し癖のある髪が、笑う度にフワッと揺れた。



周りの男子生徒と、同じ制服を着る彼。


詰め襟の真っ黒な学ラン。

他の男子生徒と同じ制服を着て、そこに座ってる。


それなのに、彼の周りだけがキラキラと輝いている様に、私の目には映っていたんだ。



挨拶しなきゃ。

今度こそ、挨拶しなくちゃ。


もう失敗したくない。

さっきみたいに後悔したくない。



誰かの気分を悪くさせてしまうのは、もう嫌だ。

私だって、そんなことは望んでいない。


焦燥感に駆られていく私。

だけど、そんな私よりも先に、目の前にいる紺野くんが口を開いた。




「おはよー!」


私が言えなかった一言。

勇気を出さないと口に出せない一言を、明るく目の前の男の子が言ってくれる。


誰もが目を離せなくなる様な、そんな笑顔で。

私が目を奪われてしまった、その笑顔で。



今日、初めて出会った私に。

言葉を交わしたことのない私に。


目を合わせることさえ初めてなのに、彼は言ってくれるんだ。



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