さよならの魔法



仁王立ちの様に、悠然と私の前に立つ人。


私が、この学校で1番苦手とする人。

何を考えているのか、最も理解出来ない人。


磯崎 紗由里。

ランドセルを背負っていた頃から、同じ学校に通っている女の子。



(この人にだけは知られたくない………!)


今まで、散々私のことをバカにしてきた人。

何でもないことまで、嘲笑う対象にしてきた人。


知られたくない。

この人にだけは、どうしても知られてはいけない。



何を言われるか、分からない。

何をされるか、分からない。


瞬時にそう判断して、右手に持っていたチョコレートの箱をサッと隠す。

しかし、目敏い磯崎さんが、私のその行動を見逃してくれるはずがなかった。




「ふふっ………、いい物、見ーつけた。」


一瞬の微笑み。

磯崎さんがさも愉快そうに、口の端をいびつに上げる。


ゾクッと、背中に冷たい汗が走る。



次の瞬間には、私の手にあったはずの物が消えていた。


初めて作った、チョコレート。

橋野さんの家のキッチンを借りてまで作った、チョコレート。


私の気持ちを詰め込んだ箱は、何の関係もない人の手によって奪われていた。



「ねー、これ、なーに?」


クスクスと笑いながら、磯崎さんがそう問う。


磯崎さんは分かっているのだ。

その箱の中身が、何であるのかを。


分かっていて、わざと私に聞いているのだ。



今日は、2月14日。

1年に1度しかない、バレンタイン。


世界中の人が、愛を伝える日。



私だって、そう。

例え、それが恋を諦める為であったとしても。


気持ちを告げるという行為は、他の人と同じ。

同じことを、私も紺野くんに対してしようとしているのだから。



どんなに鈍くても、気が付くだろう。


今日、ラッピングされているプレゼントを持っている意味を。

その中に入っているであろう、プレゼントの中身を。


分からないはずがない。



< 154 / 499 >

この作品をシェア

pagetop