さよならの魔法



「い、や………、やめて………。」


お願い。

お願いだから。


それは、大切な物なの。

私が初めて作った、大切な人にあげる為の物なの。



「返して!」


震える声を振り絞り、磯崎さんに必死に抗議する。


いつもならば、こんなに大きな声を出すこともない。

磯崎さんの思うがまま、唇を噛んで耐えるだけだ。



気が済むまで、嘲笑えばいい。

からかえばいい。


反抗なんてしても、無駄なこと。

誰も助けてはくれないし、反抗したところでどうなるものでもないと諦めていたから。



困った私を見て、磯崎さんの表情がより一層生き生きとしてくる。

活気が生まれ、ニヤリと醜く歪む口の端。


広がるのは、黒い雲。

先が見えなくなるほどの、漆黒の闇。


私の願いが聞き届けられることはない。

望むこととは反対の方向へと、物事は進んでいく。



分かりやすい位置に挟んであった、メッセージカード。


そこに書いたのは、捨てきれなかった気持ち。

この2年間、抱き続けてきた気持ち。


磯崎さんが、折り畳んだカードを広げる。

私の心の中を、土足で踏みにじる。



ドクンと跳ねる心臓。

聞こえるのは、人一倍大きな心音。


周りの人にまで聞こえてしまうんじゃないか。

そう思って、心臓の辺りをギュッと両手で掴む。




(大丈夫だよ………。きっと、大丈夫。)


そう思うことで、自分を安心させたかった。

そう、信じていたかった。


さすがに、そこまではしないだろう。

いくら磯崎さんでも、そこまで無慈悲なことはしないだろう。


しかし、私のその考えは甘かったのだと、その直後に思い知らされることになった。



大丈夫。

きっと、大丈夫。


どうして、そんな風に思ったんだろう。

どうして、そんな風に考えてしまったんだろう。



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