さよならの魔法
彼女の性格を誰よりも分かっていたのは、私なのに。
彼女にも、良心はあるはずだ。
そう、心のどこかで信じていたのだろうか。
私は。
常識なんて、通用するはずがない。
良心なんて、残っているはずがない。
分かっていたことじゃないか。
そんなものが通用するなら、私のことを意味もなく、いじめたりしない。
彼女に良心なんてものが存在しているのなら、私は今、ここで焦ったりしていない。
そこから、映画みたいに1コマ1コマがスローモーションの様にゆっくりと映し出された。
カードを高く掲げ、磯崎さんがあの人の名前を呼ぶ。
私が大好きな、あの人の名前を。
紺野くんの名前を呼ぶ。
「紺野くーん、聞いて聞いて!」
教室を出ようとしていた紺野くんが、磯崎さんの呼びかけに反応して振り返った。
立ち止まらないで。
振り返らないで。
紺野くん。
紺野くん。
磯崎さんの言葉になんか、答えないで。
何も聞かないで。
紺野くんが振り返って、こっちを見る。
その瞬間。
「天宮さんがねー、紺野くんにチョコレート、渡すみたいだよ!!」
磯崎さんが無情にも、大きな爆弾を投げ付けた。
シーンとした教室。
誰も、何もしゃべらない。
言葉を発しない。
まるで、誰もここにいない様だった。
景色が止まって見えた。
耳が痛い。
苦手な人の声が、鼓膜を揺らす。
磯崎さんの言葉だけが、こだまして聞こえる。
彼女の言葉だけが、やけに耳に残る。
(今、何って言った………の?)
彼女は。
磯崎さんは、紺野くんに何を言ったの?
磯崎さんの突飛な行動に、心が、脳が追い付いていかない。
ジーンと、鈍い衝撃が全身に伝わっていく。
頭の芯から衝撃が伝わって、その衝撃がじんわりと全身へ滲んでいく。
内側から破壊されていく感覚。
壊れていく感覚。