さよならの魔法
終わっているんだ。
とうの昔に、終わっていたんだ。
俺と茜は。
俺と茜の関係は。
終わっていたのに、見ないフリをしていた。
結論を先延ばしにしていた。
「ちょっと、話があるんだけど。」
初めて聞く、茜の渋い声音。
明るい声でもない。
甘えた声でもない。
眉間にシワを寄せ、茜はそれ以上、何も話をしようとしない。
ついに来たのだ。
この時が。
どんな話であるのか。
茜が、どういう話をしようとしているのか。
薄々、それは勘付いてる。
だから、その誘いを断ろうとは思わなかった。
いつもみたいに、避けようとも考えなかった。
拒否する気なんてない。
だって、俺は、この時を待っていたのだから。
寝不足になるほど、この時のことを考え続けてきたのだから。
「分かった。………場所、移そうか?」
覚悟は、もう出来ている。
別れを告げる覚悟。
さよならを言う覚悟は。
俺は茜を連れて、騒然としたままの教室を抜け出した。
俺が茜を連れて目指すのは、人目のない場所。
長い階段の先にある、重い扉の前。
階段の行き止まりにある、無造作に置かれた段ボール。
その段ボールの1つに、そっと手を伸ばす。
そこに隠されていたのは、小さな鍵。
茜が部活の先輩から借りていた、屋上へと続く扉の鍵。
それは、俺と茜の2人だけの秘密だった。
いつでも、ここを使える様にと。
2人だけの秘密の場所にしたくて、積まれた段ボールの1つに鍵を隠した。
他に、そのことを知る人間はいない。
このことを知っているのは、俺と茜だけ。
恋人らしいことなんて、大してしなかった俺達。
キス止まりで、その先に進めなかった俺達。
そんな俺達の、唯一と言っていい、恋人らしいこと。
秘密の鍵を鍵穴に差し込めば、ガチャンという大きな音をともなって、重たい扉が開いていく。