さよならの魔法
茜の目に涙が溜まる。
みるみるうちに溜まって、大きな水溜まりを作る。
溢れ出した感情が、涙を地面へと落としていく。
「そんなチョコ、返してよ………!天宮さんに返してきてよ!!」
返す?
このチョコレートを、この箱を返せと言うのか。
茜の言うことは、もっともだ。
彼女として、そう言っているのは分かっている。
分かっているけど。
受け入れられない。
茜の言葉が受け入れられない。
茜は、俺のことを想っていてくれる。
心の底から、俺のことを好きでいてくれる。
今でも好きでいてくれるから、そう言うのだ。
この箱を返せと。
受け取るなと。
自分以外の人間からのプレゼントを、容赦なく突き返せと。
分かっているのに、受け入れられない。
茜の気持ちが受け入れられない。
受け入れられない理由は、天宮のことが好きだからじゃない。
天宮に、気持ちが傾いているからではない。
茜が重いから。
茜の気持ちを重く感じてしまうからだ。
俺が茜を想うよりも、茜は俺のことを想っていてくれる。
ずっと前から、俺のことだけを見てくれている。
考えるまでもない。
比重が違うのだ。
だから、重く感じる。
その違いが極端過ぎて、苦しくなるんだ。
違いを知れば知るほど、離れたくなる。
茜に決められたくない。
縛られたくない。
付き合っていたとしても、俺と茜は別の人間。
別の人格だ。
俺の気持ちは、俺のもの。
俺だけのもの。
自分の行動は、自分で決めたい。
自分で考えて、自分自身で決めたいんだ。
ゴクンと息をゆっくり飲み込んで、吐き出す。
高ぶった感情を静める為に。
感情的になり過ぎて、その勢いのままに言葉をぶつけたくないから。
目を閉じる。
閉じて浮かぶのは、今まで過ごした短い時間。
楽しかったよ。
茜と過ごした時間は、無駄ではなかった。