さよならの魔法



心配をかけたい訳ではない。

心配して欲しいとも思っていない。


でも、あんまりだ。



突き付けられるのは、現実だけ。

どうにもならない現実だけ。


私は無言で、冷たいハンバーグにフォークを刺した。



「………。」


何の味もしない。

ジューシーな肉の味も、デミグラスソースの深い味わいも何も感じない。


私の味覚はおかしくなってしまったのだろうか。

思考だけではなく、味覚までも壊れてしまっているのだろうか。



固い肉の塊。

冷えて白くなった、脂身。


気持ち悪い。

気持ち悪い。


そんな冷たい物体に箸が進む訳もなく、途中で箸が自然に止まる。



思考回路だけではなく、食欲までも落ちてしまっているらしい。


2年の頃にはそこそこあった体重も、今ではすっかり落ちてしまった。

ふっくらとしていた頬も、少しだけこけた。


標準的な体型だったから、痩せてスリムになってちょうどいいのかもしれない。

そう思うしかない。



「………ごちそうさま、でした。」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!ハル、まだ話は終わってないのよ………!!」


短く言葉を残して、食卓を後にする。


ヒステリックなお母さんの声が、私を追いかけてくる。

どこまでもどこまでも追いかけてきて、私のことを追い詰める。



逃げたい。

逃げたい。


逃げ出したい。


私は聞こえないフリをして、自分の部屋へと閉じ籠った。





「はぁ………。」


薄暗い闇。

締め切られたカーテン。


このくらいの方が、今の私にはちょうどいい。



陽の光の下に行けば、私には似合わなくて目を閉じてしまうことだろう。

眩しくて、眩し過ぎて、私は手をかざして遮ることだろう。


カーテンに遮られたこの部屋に、外の明るい陽射しは届かない。



整然と並べられた本棚。

机の上には、もう描かなくなってしまったスケッチブック。


片付けられた部屋。

ベッドにダイブして、目を瞑る。



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