さよならの魔法
「何か、言われたのか?」
しかし、お父さんはそんな私の強がりなんか、とっくに見抜いていたのだ。
「アイツが、………お母さんが、またうるさく言ってきたのか?」
どうして、分かってしまうのだろう。
どうして、見抜かれてしまうのだろう。
上手く隠せたつもりは毛頭ないけれど、それでも放っておいてくれたら良かったのに。
みんなみたいに、見て見ぬフリをしてくれたら良かったのに。
「そんなの、いつものことじゃない。」
笑顔を作ってみせて、冗談みたいにそう返す。
もういいよ。
いいの。
そっとしておいて。
放っておいて。
話題をすり替えようと、私はふいに湧き出た疑問を口にした。
「それより、お父さん………仕事は?こんな時間に家にいるなんて、珍しいね。」
私がそう言うのも、自然なことだ。
他の街にある会社で勤めているお父さんは、早い時間に出勤していく。
田舎町のこの町では、働く場所も少ない。
この町に住んでいる人も、外に出て働いている人が多数を占める。
車で山を越え、もっと大きな街に出て働くのだ。
通勤時間が長くても、文句を言ったことがない。
繁忙期には、時間を忘れて残業だってして帰ってくる。
働き者のお父さんが、こんな時間にここにいる。
私の前にいる。
そのことが、不思議で仕方なかった。
「………。」
私の質問にはすぐに答えずに、フッと声もなく笑うお父さん。
その笑みが、穏やかなせいか。
ほんの一瞬、抱いていた疑問が消え失せる。
「ハルを迎えに来たんだ。」
「え?」
「………ハル、学校に行こう?」
信じられないその言葉に、私の体は即座に拒絶反応を示した。
ブルブルと震え出す体。
小刻みにやってくる震えは、末端にまで表れる。
手足まで震えてしまって、力が入らない。
手に、足に、上手く力が入らない。
思い出したくない。
思い出したくない。
もう、嫌だ。