さよならの魔法
いや、矢田の考えが全然理解出来ない訳じゃない。
幼いとは言え、俺だって一応男だ。
いずれ、矢田の様になってしまうのかもしれない。
だけど、何をやってんだか。
半ば呆れる俺をよそに、矢田は体育着姿の女子を物色中。
そんな矢田の目に、対照的な2人の女の子の姿が映った。
「んー、じゃあ、増渕は?」
「増渕?………誰だよ、それ。」
矢田が口にしたのは、知らない名前。
男なのか。
女なのか。
それさえ、俺には分からない。
(増渕って、誰だよ?)
うちのクラスの人間でないことだけは、確かだ。
いくら女の子に興味がなくても、自分と同じクラスの女子の名前くらいは俺だって認識している。
首を傾げる俺に、矢田が一言呟く。
「え?紺野、知らねーの?」
「知らない。」
「冗談だろー?」
「………いちいち、他のクラスのヤツの名前まで覚えてない。」
そりゃ、委員会とかで関わりでもあれば、嫌でも覚えるけど。
何の関わりもない。
話したことさえない他のクラスの人間の名前まで、覚えているはずがない。
そんな俺に、矢田は指で指し示しながら、丁寧に教えてくれた。
「ほら、あそこ!」
「あそこ?」
「走り高跳びの列に並んでる、1番目の女子。俺らと同じ、緑のジャージの女がいるだろ?」
言われた方向に視線を向けてみれば、確かに1人の女子が立っている。
肩よりも、少し短めのボブ。
健康的に焼けた肌。
遠いから顔までは見えないけど、それなりに可愛い顔をしているのだろう。
矢田がここまで言うのなら、だけど。
颯爽と走る、増渕と呼ばれた女子。
活発そうなその女の子は、その雰囲気通りに軽やかに飛ぶ。
ポスンッと、白いマットに吸い込まれていく体。