さよならの魔法
好きで、学校に行かなくなった訳じゃない。
あんなことがなかったら、私は今でもあの教室に通っていたはずだ。
いじめにも負けずに。
磯崎さんに嫌みを言われても、歯を食い縛って耐えていたことだろう。
あんなことがなかったら。
あの日の出来事さえ、なかったなら。
あの日の出来事が、私を変えた。
私の人生をも、変えてしまったのだ。
「ハル………。」
いたたまれなくなったのか。
お父さんが、そっと私の頬に手を伸ばす。
お父さんの大きな手。
無骨だけど、優しい手。
忘れていた。
私、忘れていたよ。
お父さんの手が、こんなにも温かいということを。
お父さんの手が、こんなにも優しいものだったということを。
知っていたのに、忘れてしまっていた。
「うっ、うう………っ、ふぇ………っ。」
しゃくり上げながら、大きな声を出して泣いた。
もう、嗚咽を隠そうとさえ思わなかった。
涙を見せまいと、拭うことさえしなかった。
私の姿は、お父さんには小さな子供の様に見えたことだろう。
お父さんは気付いてる。
理由は分からなくても、勘付いてる。
私に、重大な何かが起こったこと。
私の心を壊す様な何かが、学校で起こったことを。
だから、お母さんみたいに私を責めたりしなかった。
今の今まで、私を問い質そうとさえしなかったのだ。
「行きたくないの………。もう、学校なんか………辞めたい。」
私のその願いが叶わないことは、分かっている。
分かっていても、口にせずにはいられなかった。
私は14歳。
中学生だ。
義務教育を受けている身で、学校を辞めることは許されない。
学校で教育を受けることは私に与えられた権利であり、義務でもあるのだ。
教育を受けさせる義務が、親にはある。
お父さんが私の願いを叶えることは、この先もないだろう。
許してくれることはないだろう。
頭では、そう理解している。
けれど、心が拒絶するんだ。