さよならの魔法
私には、お父さんがいる。
他に味方はいなくても、お父さんがいる。
お父さんだけは、私の味方になってくれる。
私の壊れた心に気付いてくれたのだから。
「お父さんを信じてくれ。」
「信じる………って?」
「お父さんが、何とかしてやるから。お父さんが、ハルの力になるから。」
「………。」
「だから、学校に行こう?ハル、お父さんと一緒に………学校に行こうか。」
他の人の言葉ならば、私は疑ってかかるだろう。
そんなの、嘘でしょ。
力になんて、なってくれない。
みんな、見て見ぬフリをするだけだと。
でも、お父さんがそう言うのなら、私はその言葉を信じる。
お父さんが言ったことを、私は信じる。
信じてみたいんだ。
私は。
「………うん、分かった。」
「ハル………!」
「お父さんと一緒に………行く。」
私はその時、初めて説得に応じたのだった。
長く伸びた髪を櫛で撫で、慣れた手付きで2つに結ぶ。
鏡の前に立つ自分は、久しぶりに見る制服姿だ。
3ヶ月ぶりの制服は、違和感を感じてしまう。
ずっと着ていないからと言って、お母さんがクリーニングに出しておいてくれた制服。
もちろん、無理矢理部屋に押し入った末でのことだけど。
濃紺のセーラー服は、否が応でもあの日の記憶を呼び覚ます。
放課後の教室。
取り上げられた、チョコレート。
読み上げられた、メッセージカード。
虚しい告白の記憶。
悲しい、バレンタインデーの記憶。
(学校なんか、行きたくない………。)
でも、約束した。
部屋の外で、お父さんが待っていてくれる。
仕事を抜け出してまで来てくれた、お父さんが私を待っている。
お父さんは何も言わないけれど、仕事を抜け出してきたのだ。
きっと。
私のことを考えて。
忙しいはずなのに、上司に頭を下げてまで、私のことを迎えに来てくれたんだ。