さよならの魔法



バーを軽く飛び越えて、空に溶けていく。

その流れる様な動きは軽やかで、とてもスムーズ。


一連のその流れを見て、矢田がわざとらしく溜め息をついた。



「はぁ………。」

「………。」


うっとりとする矢田。

それとは対照的に、呆れるだけの俺。


冷たい視線に気が付かない矢田は、こう続けた。



「1組の増渕 茜【マスブチ アカネ】。どうだ、可愛いだろ!?」


嬉々としてそう勝ち誇る矢田の言葉に、ただ聞き入る。


そもそも、可愛いのか。

可愛くないのか。


こんな遠目からでは、何も分からない。

運動神経がいいことだけは、ここからでもよく分かるが。



それに、俺は矢田とは違う。

そこまで、女に興味というものが湧かない。


いくら、増渕とやらが可愛い子でも、激しくそそられるということがないのだ。



「ふーん。」

「………、ふーんって何だよ!」

「他に、何って言えばいいんだよ。」

「あのなぁ、お前ってヤツは!!」


適当に流しておけば、矢田もそのうち飽きるだろう。

そう思って聞き流していたら、矢田はやっとそのことに気が付いた。


キレた矢田が指差す、別の方向。



増渕とやらがいる方向とは真逆の場所にいる、比較対象。


矢田が指差した場所にいたのは、1人の女の子。

それは、俺のクラスメイトだった。








2つに結んだ、黒い髪。

真っ黒で長い髪は、重力に逆らわずにストンと真っ直ぐ下に伸びている。


俺と同じ、緑色のジャージ。



50メートル走の列の3番目に並ぶ、彼女。

彼女の名前は、天宮 春奈。


同じクラスの天宮だ。



走り高跳びの場所よりも、天宮がいる50メートル走の場所の方が俺達の場所にずっと近い。


遠過ぎて、顔の分からない増渕。

よく分からない同級生よりも、彼女の方がよく知っている。


よく知っているとは言っても、それは一方的。

まともに話したこともないけれど。



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