さよならの魔法



教室を見回してみて、気付くこと。

それは、あの頃とは違う教室の雰囲気。


天宮が、まだこの学校に来ていた頃。



(そっか………。)


もう、あの頃とは違うのだ。

場所だって、変わった。

階が1つ上に、ズレただけだけど。


あの頃、だなんて。



たった3ヶ月しか経っていないのに、遠い昔のことの様に感じる。

もっと長い時間が流れてしまったかの様に錯覚してしまうのは、何故だろう。


きっと、教室の空気があまりに違うせい。

この場所に流れる空気が、違い過ぎるせいだ。




この教室から消えた人間が、2人いる。

消えた人影が、2つある。


そのうちの1人は、あの子。

天宮だ。



バレンタインデーのあの日以来、天宮が教室に姿を見せることはなかった。

どんなに陰湿ないじめを受けていても、登校することを止めなかった天宮。


彼女が、教室から消えた。

それは進級してからも変わらず、3年になってからも天宮の姿を見かけることはなかった。



教室のクリーム色のカーテンが、ユラユラ揺れる。


風に揺られる様に。

そこで本を読んでいた物静かな女の子は、存在しない。


この教室内には、存在しないのだ。



名前はある。

クラス名簿に名前だけはあるのに、あの子はここにはいない。


名前しか、ないのだ。



あの子の名前が記された机。

あの子の名前が記された椅子。


使われることのないままのそれらが、消えそうなあの子の存在を主張しているみたいだった。

今にも名前さえ消されてしまいそうな、あの子の存在を。



誰も座ることのない席が視界に入る度、胸が痛む。


初めて聞いた、大きな声。

悲痛に歪んだ顔。


あの子の涙を思い出す。



(好き、とか………そんなんじゃない。)


天宮に恋愛的な感情を抱いたことは、ない。


今までも。

きっと、これからも。



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