さよならの魔法



そんな彼女を指差し、矢田はこう言った。




「じゃあ、あれと比べたら、どっちがいい?」

「あれって………。」


さすがに温厚な俺でも、矢田のその言葉にはイラついてしまった。


よく知りもしない女の子。

どんな性格であるかも分からないクセに、そんな彼女のことをあれと呼ぶ神経、


無関係な人間なら、まだいい。

指差した彼女は、俺達のクラスメイトだ。



矢田は面白い。

よく笑うし、よくしゃべる。


明るいし、一緒にいると暇をしない。


だけど、こういうところは無神経だと思う。



「あのなー、矢田。あれとか、言うなよ。」

「だってさー。」

「仮にも、クラスメイトだろ?同じクラスの子に、あれとか言うのは失礼だろ。」

「だーかーらー、例えだって!悪気はないんだよ。」



深い意味を持って、矢田が彼女のことをあれと呼んだという訳ではないことは分かる。


それでも、言っていいことと悪いことがある。

同じクラスの子に、あれと言える無神経さは俺にはないものだ。



相変わらず軽く笑いながら、矢田が天宮を見つめている。

比較対象である、彼女のことを。


その視線に、激しい違和感を感じた。



増渕を見つめる目とは、違う目。

明らかにどこかバカにする様な目で、天宮を見ている矢田。


その時だった。





50メートル走を担当している教師が、笛を吹く。

ピピーッと、思ったよりもずっと大きく響いたその音に思わず体が反応する。


3番目だとばかり思っていた天宮は、いつの間にか1番目になっていて。

先頭に立つ彼女が、笛の音とともに走り始める。



目の前にいなくても、すぐ分かる。


動きの遅い足。

頑張っているのは理解出来るが、お世辞にも速いとは言えない。



怠けている訳じゃない。

一生懸命やっているのに、思う様に走れない。


それでも、走る。

諦めずに走り続ける。



< 22 / 499 >

この作品をシェア

pagetop