さよならの魔法
名前だけしか、存在しない生徒。
名簿上でしか、存在しない生徒。
私の居場所なんて、ないのかもしれない。
私の机なんて、置かれていないのかもしれない。
どうせ、教室には顔を出すことのない生徒なのだ。
私は。
いじめで不登校になってしまった生徒の机なんて、始めからないのかもしれない。
遠い場所。
実習棟の1階と、教室棟の3階。
対角線上にある、最も遠い場所。
そこに、あの人がいる。
紺野くんがいるんだ。
(あそこに、あの場所に………紺野くんがいるんだよね。)
教室の真ん中に咲いていた笑顔。
いつだって、紺野くんの周りにはたくさんの人がいた。
紺野くん。
大好きだった人。
今も、あの場所で笑っているのだろうか。
そして、彼の隣には、愛らしい彼女が寄り添っているのだろうか。
思い浮かべるだけで、ジリジリと胸が焼け付く様に痛む。
焦げてしまいそうだ。
心臓から焼け付く炎で、全身まで焦げて黒くなり、朽ちていく。
なんて、哀れな末路だろう。
なんて、悲惨な最期なのだろう。
いつか、紺野くんを忘れる日がくるのだろうか。
この想いが、色褪せていく日がくるのだろうか。
早く、その日が来ればいい。
1日も早く、そんな日が訪れればいい。
そうしたら、もうこの胸も痛まないから。
きっと、もっと楽になれるから。
「失礼します。」
チャイムが鳴ってすぐ、保健室のドアが開けられる。
生徒の中でただ1人、私がここにいることを知っている人がいる。
ひっそりと、私がこの場所に存在していることを知っている人がいる。
私を訪ねてくる、たった1人の女子生徒。
「立花先生、天宮さん………来てますか?」
丁寧に編み込まれた、三つ編みの髪。
紺色のセーラー服に、真っ白なスカーフがはためく。
立花先生が椅子から立ち上がって、その生徒を迎え入れた。
「あら、橋野さん、おはよう。」
「先生、おはようございます。」
「天宮さんなら、奥にいるわよ。」
「お邪魔します………。」