さよならの魔法



養護教諭の立花先生が驚きもしないのは、それが毎日のことだからだ。


私が登校している日も、体調が悪くて休んでいる日も、こうして変わらずに私を訪ねてやって来る女の子。

それは、同じクラスの橋野さん。


私に手を差し伸べてくれた、あの子だ。



他の人には教えていないけれど、彼女にだけは伝えていたのだ。


私は、ここにいるのだと。

教室には行けないけれど、ちゃんと学校には来ているのだと。


それを知ってから、彼女はこうして私を訪ねてきてくれる様になった。




「おはよう、天宮さん!」

「………、橋野さん。」

「今日配られたプリント、天宮さんの分を持ってきたの。」


衝立の隙間から顔を覗かせる彼女を、私は素直に受け入れる。


私だけのスペースに、橋野さんが音もなくスッと入り込んでくる。

手渡されたプリントを見て、私は溜め息をついた。




(もう、こんなところまで進んでるんだ…………授業。)


橋野さんが届けてくれたのは、数学のプリントだった。


知らない公式ばかりが並ぶプリント。

プリントに視線を落とすだけで、自然と溜め息が漏れる。



教室には行きたくない。

行けるはずがない。


だから、私はここで必死に勉強してる。

みんなに追い付きたくて、1人で足掻いている。



不登校児だった私だって、受験生だ。

勉強をしなければ、受験は出来ない。


高校だけは卒業しておきたい。

今後、どんな道に進むのかは分からないけれど、どんな道に進むのにも高校を卒業しておくに越したことはない。



だから、頑張っているのだ。

でも、1人でやるのも限界があるのも事実。


頑張らなきゃ。

頑張って、勉強しなくちゃ。


教室に行けないのなら、せめてこの場所で頑張らなきゃいけない。


プリントを握り締めて、自分で自分を叱咤する。






受験で追い詰められても、心は平静を保てていた。

守られた檻の中で。


弱いから。

私はズルい人間だからと、言い訳をして。



その檻を壊す人間が、近くにいるとも知らずに。




< 224 / 499 >

この作品をシェア

pagetop