さよならの魔法
養護教諭の立花先生が驚きもしないのは、それが毎日のことだからだ。
私が登校している日も、体調が悪くて休んでいる日も、こうして変わらずに私を訪ねてやって来る女の子。
それは、同じクラスの橋野さん。
私に手を差し伸べてくれた、あの子だ。
他の人には教えていないけれど、彼女にだけは伝えていたのだ。
私は、ここにいるのだと。
教室には行けないけれど、ちゃんと学校には来ているのだと。
それを知ってから、彼女はこうして私を訪ねてきてくれる様になった。
「おはよう、天宮さん!」
「………、橋野さん。」
「今日配られたプリント、天宮さんの分を持ってきたの。」
衝立の隙間から顔を覗かせる彼女を、私は素直に受け入れる。
私だけのスペースに、橋野さんが音もなくスッと入り込んでくる。
手渡されたプリントを見て、私は溜め息をついた。
(もう、こんなところまで進んでるんだ…………授業。)
橋野さんが届けてくれたのは、数学のプリントだった。
知らない公式ばかりが並ぶプリント。
プリントに視線を落とすだけで、自然と溜め息が漏れる。
教室には行きたくない。
行けるはずがない。
だから、私はここで必死に勉強してる。
みんなに追い付きたくて、1人で足掻いている。
不登校児だった私だって、受験生だ。
勉強をしなければ、受験は出来ない。
高校だけは卒業しておきたい。
今後、どんな道に進むのかは分からないけれど、どんな道に進むのにも高校を卒業しておくに越したことはない。
だから、頑張っているのだ。
でも、1人でやるのも限界があるのも事実。
頑張らなきゃ。
頑張って、勉強しなくちゃ。
教室に行けないのなら、せめてこの場所で頑張らなきゃいけない。
プリントを握り締めて、自分で自分を叱咤する。
受験で追い詰められても、心は平静を保てていた。
守られた檻の中で。
弱いから。
私はズルい人間だからと、言い訳をして。
その檻を壊す人間が、近くにいるとも知らずに。