さよならの魔法
空から視線を落とし、ふと、地上の景色を見下ろす。
そこにあるのは、俺のオアシス。
俺が唯一、校内で溜め息を堂々とつける場所。
中庭がある。
中庭の先には、実習棟が見えた。
滅多に行かない実習棟には、職員室や校長室がある。
1番端には、保健室。
健康優良児の俺には、最も縁のない場所だけど。
2階にある理科室や家庭科室に行くことはあっても、実習棟の特に1階には行くことはない。
緑が溢れる中庭も、今の時期だけは別。
梅雨時の空の下では、どうしたってくすんで見える。
誰が手入れしているのかは知らないけれど、中庭にある花壇の花も、心なしか暗く沈んで映ってしまう。
くすんだ景色の先。
普段なら、気にも留めない景色の向こう側。
深い緑の向こうに、一瞬だけ人影が見えた気がした。
(誰か、いる…………。)
くすんだ景色の先に、何かが見える。
動く誰かの姿が見える。
こう見えても、俺、視力はいいんだ。
1番後ろの席でも、余裕で黒板の文字が読めちゃうくらい。
先生かな?
最初は、そう思った。
今は、1時間目の授業中。
この時間に、あの場所を通るのは先生の誰かくらいなものだろう。
生徒なら、授業中は教室内にいるはず。
体育の授業なら、校庭か体育館のどちらかでやっているはずだ。
この時間に、実習棟の廊下。
しかも、1階を通る生徒はいない。
でも、違った。
見えたのは、真っ白なセーラー服。
夏物のセーラー服。
揺れる、2つに結んだ長い髪。
記憶の中に刻み込まれたあの子の姿と、実習棟の廊下を歩く誰かの姿が重なっていく。
まさか。
まさか。
いるのか?
あの子が、学校に来ているのか?
(天宮………?)
教室内にひっそりと置かれた彼女の席に、視線を向ける。
廊下側の1番後ろの席。
その席に座る人物は、ここにはいない。