さよならの魔法
先ほどの増渕の運動神経の良さと比べたら、天と地の違い。
そんな天宮のことを、矢田はバッサリと斬り捨てた。
「うーわ、トロいなー!」
そう言われても、仕方のないほどの遅さ。
50メートル。
その距離が、やけに長く感じる。
普通の人ならばサッと走り抜けてしまう距離を、彼女はゆっくりと走る。
ゆっくり、だけど一生懸命に。
あともう少しで、ゴールに辿り着くという時。
もつれる足。
白い足が絡まって、砂埃とともに地に落ちる。
スローモーションみたいに、転ぶ天宮の姿が映った。
あんなに一生懸命走っていたのに、彼女は転んでしまった。
ゴールの目の前で、派手に転んでしまったのだ。
転んでしまった天宮のことを、矢田は冷たい目でバカにしていた。
「ほーら、あんなのだったら、絶対増渕の方がいいだろ。」
天宮のことをあんなのとまで呼び、別のクラスの増渕を持ち上げる。
そこまで増渕にこだわる理由は、俺には理解出来ない。
分かろうとも思わない。
でも、そこまで非難される理由があるのだろうか。
足が遅い。
運動神経が鈍い。
それだけで、こんなに他の人間に悪く言われなければならないのだろうか。
そこまで言われるほど、彼女が何かしたのか?
誰かに迷惑をかけたのか?
何も、そこまで言わなくてもいいじゃないか。
あまりの言い草に、俺は我慢の限界を越えて、ついに言いたい放題の矢田に牙を剥いた。
「つーかさ、お前………自分の言ってること、分かってんの?」
「は?」
普段は、滅多に怒らない俺。
怒るのは、好きじゃない。
笑っている方が楽しいし、ずっと笑って過ごせるなら、その方が幸せだと思うから。
だけど、怒らなきゃ行けない時もある。
笑っていられない時もある。
今が、その時だ。